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理性と炎 ページ29

火が消えた。
真っ暗になった視界と、不自然に冷えた空気に、エミリアの身体は本能的に戦闘を意識する。目がまだ闇になれない以上、せめて他の感覚は鋭敏に。鼻を利かせ、耳を澄ましてあたりを警戒する。
――足音が近づいてくる。大股の、存在を隠す気などなさそうな足音。屋敷の関係者かと見逃してしまいそうなほど、堂々とした歩き方。
 けれど、それが不自然なのだ。いきなり視界が真っ暗になって、落ち着いていられる人間などそうそういない。――そう、もともと事情を知っている者でない限り。

「『That’s one small step for man, one giant leap for mankind.』」

 流麗に発音し、エミリアは一歩踏み出す。その次の一瞬、彼女は足音の主の背後にいた。
 足音の主は、その大きな音からの予想と反して、そこまで大柄なものではなかった。黒のコートをまとっているため、体格を予想しにくい。かろうじて「男」と察せられるくらいだった。
 剣を抜きつつ「誰だ」と冷静に聞こうとしたとき。くるり、と男の上半身だけが振り返る。黄金の光が二つ、見えた。その瞬間、視界が赤に染まった。
 火!
 同時に襲い来た、焼き付くような熱さ。火、と脳が判断した時には、彼女はすでに大きく後ろに後退していた。反射で身体が動いていたらしい。

「何だ、」

 そう言って、ふはっ、と堪えかねたような嘲笑を一つ漏らした。口元をぬぐいながら、火元であったライターを後ろへ放りながら、こちらへ踏み込む。
 来る、とエミリアが上体をたたみながら横へ移動するや否や、先ほどまで頭があった場所を、空を切る音と共に、硬そうで大きな靴が舞っていく。そこから伸びる足は太くはないが、筋肉の塊のようなものだった。

「『That’s one small step for man, one giant leap for mankind!』」

 半ば叫ぶように言霊を発動し、今度は大きく離れた。男の一動くらいでは距離が詰められないほどに。――ただ、この言霊はあくまで移動時間を短縮できるだけ。うるさい心音と狭まる気管に舌打ちしつつ、彼女は男をにらむ。
 対し、男は余裕綽々、といった状態だ。その様子がまた彼女の神経を逆なでするが――冷えろ、と沸騰しかけた頭と火照る皮膚に言い聞かせる。
 地とライターが静かに触れ合う音がした。
 それは、小さな小さな開戦の合図だった。

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紫清(プロフ) - 嵩画さん» 温かいお言葉ありがとうございます! 読んで下さる方がいるということが何よりの励みになりますので、今後ともよろしくお願い致します。 (2020年3月16日 18時) (レス) id: 840643cfcd (このIDを非表示/違反報告)
嵩画(プロフ) - 毎回更新される度にわくわくしながら読ませて頂いております…今後の展開が非常に楽しみです。お忙しい時期だとは思いますが、頑張って下さい。 (2020年3月16日 17時) (レス) id: 34e937d538 (このIDを非表示/違反報告)
紫清(プロフ) - ももせさん» ありがとうございます! 長くなりそうですが、お付き合い頂ければ幸いです。 (2019年9月26日 0時) (レス) id: 85ba6a0490 (このIDを非表示/違反報告)
ももせ - 小説版すごく楽しみにしていました!今後の展開が気になる…更新楽しみにしてます!! (2019年9月23日 23時) (レス) id: a031215c05 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:紫清 | 作者ホームページ:なし  
作成日時:2019年9月23日 23時

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