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しかし、相対する「それ」はぴくりとも動かない。
また、一迅風が吹いた。彼女を挟むかがり火が、ぱちぱちと音を立てながらゆらいだ。間の「それ」も、フードこそ外れないが、その中から赤紫の瞳がのぞいた。鈍く、鋭利な。反射する光などないはずなのに、その目の輝きはアズサまで届いた。けれど、動かない。その瞳も、瞳の持ち主の腕も身体も。
抵抗の意思を感じたアズサは、威嚇の意味を込めて一の矢から手を離す。ひょう、と空を切る音。
「次は当て――」
二の矢を弓につがえようとした瞬間。視界の隅で銀色の刃物がきらめいた。耳の三寸横を通る。アズサが反射で避けたのもあるだろうが、貫通しなかった理由はもう一つ。
弓の横まで来ていた「それ」の頭が見えた。下段に折りたたまれた体にこちらに向かって伸ばされた腕。その先にしっかりと握られた、銀のレイピア。はためき外れたフードの中から、漆黒の長い髪に、光沢のある真っ白な髪が顔の両側に一房ずつ現れる。
きっと、彼女もアズサと同じ思惑だったのだ。――威嚇。
「強者になった気分はどうですか? ――かつての隷属者さん?」
隷属者。
出会い頭にかけられた冷や水のように、その言葉はしみついた。瞬間、アズサの頭が真っ白になった。蓋が開き、忘れていた記憶が噴き出す。
お腹がすいた。動けない。疲れた。痛い。立てない。どうして、わたし、悪いことなんて、何も――これは、私の記憶か? 違う、これは、前に捕らえた畜生の――? こちらをにらむようにしながら、背後の少年達をかばわんとする、兎耳の畜生を思い出す。いや、関係ない。私は捕まえただけ。その後は、きっと、ちゃんと、王政下で労働をしているはず。だから、かつての私のように、なんて。絶対に。
先ほどまでの冴えていた状態から、熱い、冷たい、濁った思考が噴き出て思考を飲み込んでいった。
頭のかろうじて動く部位と脊髄でどうにか相手の猛追をかわす。おぼつかないアズサの動きとは違い、相手は的確に一歩、二歩と型通り踏み抜いてレイピアの切っ先を突き付ける。
ひゅ、と先がアズサの首のすぐ横を通過した。そのまま相手は身を乗り出し、叫んだ。
「『変革せよ。変革を迫られる前に』!」
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紫清(プロフ) - 嵩画さん» 温かいお言葉ありがとうございます! 読んで下さる方がいるということが何よりの励みになりますので、今後ともよろしくお願い致します。 (2020年3月16日 18時) (レス) id: 840643cfcd (このIDを非表示/違反報告)
嵩画(プロフ) - 毎回更新される度にわくわくしながら読ませて頂いております…今後の展開が非常に楽しみです。お忙しい時期だとは思いますが、頑張って下さい。 (2020年3月16日 17時) (レス) id: 34e937d538 (このIDを非表示/違反報告)
紫清(プロフ) - ももせさん» ありがとうございます! 長くなりそうですが、お付き合い頂ければ幸いです。 (2019年9月26日 0時) (レス) id: 85ba6a0490 (このIDを非表示/違反報告)
ももせ - 小説版すごく楽しみにしていました!今後の展開が気になる…更新楽しみにしてます!! (2019年9月23日 23時) (レス) id: a031215c05 (このIDを非表示/違反報告)
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