遡行軍のスパイの話 (ページ35)

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35話ページ35

私は強く拳を握って俯く。

グルグルと胸を渦巻くのは誰に向けたわけでもない、怒りだった。

堕ちた方が良い。

……そんな筈あるわけない。
何度も堕ちた刀剣を見てきた。
あんな姿がいいなんて思えない。
彼等には輝いていてほしい、そうしないと私は悪になりきれない。

…もういい、もう決めた。

後悔なら全てが終わってからしよう。
たとえ戻った時破壊されたとしても、
今だけは、せめてこの時だけは後悔したくない。

私のせめてもの償いだ。

「堕ちては駄目です。」
私の声が静かにその場に響いた。

驚き固まる彼等の横を通って
抑えられてる一期さんの所に向かう。

「堕ちては駄目です」
もう一度呟いた。
「…な、なにを…」

「貴方が堕ちては駄目なんです」
私の言葉に一期さんは眉間にしわを寄せ嫌悪をあらわにした。

「貴女に…貴女に何が分かるというんですか？
審神者から隠れて、傷つけられたことさえない貴女に！」

「一期！」
鶴丸さんが声を上げる。

私は動じることなくまっすぐ彼の目を見つめた。

「分かりません。でも、貴女が堕ちたら
貴女の弟が悲しむのだけは分かります」

「……‼」

「堕ちたらもう戻れない。貴方にはそうなって欲しくない」

兄の様子を部屋から見ていた
短刀達がいちにぃ…と呼ぶ。
その姿を見た彼は顔を歪めた。
弟の悲しむ顔は見たくない、でもこの状態なんて耐えられない。

「…… なら…どうしたら…」

「私がなんとかします。」

「はっ？」

私の言葉にその場の刀剣達が声をこぼした。
私は一期さんの肩を掴んで真っ直ぐ目を見つめる。

「貴方は私が渡すものを演練の時に係の人に渡せばいい。
もし、それでもこの現状が変わらなかったら
私が審神者を殺します。
契約を結んでいない私なら言霊で縛られることもない。
貴方達は絶対に堕ちては駄目なんです」

私の言葉に見開いた彼の瞳から
ポタリと一粒涙が落ちる。
そして、そこにはほんの僅かな希望が宿り始めていた。