遡行軍のスパイの話 (ページ15)

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15話ページ15

一期さんも長期遠征の部隊に入っていたようで、顔から疲れが読み取れた。

「何か用ですか？」

彼が此処に来るのは初めてのことだった。

「おにぎりを作って下さったようで、弟達を代表して御礼を言いに来ました」
と、まるでどこかの貴公子のように頭を下げられた。

「…そんな！御礼を言いたいのはこちらの方ですから。」

少しの間、呆気にとられたものの
慌てて頭を上げてもらうように頼む。
やめてほしい、私に頭を下げる価値など一欠片もないのだから。

「いえ、とても美味でしたから。
あと、これは、弟達が貴女にと…」

ポスッと何か手の上にのせられた。
それはちょうど食べ頃の柿のようでとても美味しそうだった。
受け取れない。どうしよう、顔が、顔が見れない。

「…あの、でも…これは…」
「受け取って下さい。 …この身体を得て、初めて食事というものをしました。あれほどまでに、胸が熱くなるものなのですね。」

そう言って優しく微笑まれる。
疲れが見え隠れする顔に浮かぶ笑顔を私は真正面からどうしても見れなかった。

「…ありがとうございます。」

俯いて感謝の言葉を述べると一期さんはもう一度頭を下げて部屋から出て行った。

残された私は足が動かず手に柿を持ったまま立ち尽くす。

心に残るのは、感謝されたことの喜びなんて微塵もなく、ただどうしようもない虚無感だけだった。