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「──あの店は原則先払いだ。雪獅子の毛皮を使うような高価な品を、後払いになんざするはずはねェ」
「えっ。……、……騙しているようには、見えなかったけど」
「クハハ……気に入られたんだろうさ」
何だか納得が行かないけれど、付き合いの長い彼が言うなら、きっとそうなのだろう。息を吐き寝返りを打とうと身を捩れば、鈍痛がじわりと下腹部を覆った。
購入した──貰ったばかりの真新しいコートは、ベッド横の椅子へ乱雑に置かれている。
深夜三時。ベッドボードのランプの淡い光を見詰めながら、彼の匂いに包まれている。僅かな眠気と触れる肌の温もりが心地好い、私の好きな夜。
葉巻をふかし、空いた手で私の髪を梳きながら彼が口を開く。
「どこか、行きたい所はあるか」
「……」
「そう怯えるな。いつもの気まぐれだ」
「……。……長閑なところ」
「あァ?」
零れた言葉にハッと口を噤んだが、彼が怪訝そうな顔で──しかし目で続きを促すので、脳裏に浮かんだ景色をぽつぽつと吐き出した。古い木造の家、風で歌う森、穏やかな海。
「田舎暮らしでもしたいのか」
「そういう訳では。……でも、小さい頃は憧れだったの」
「今は?」
「どこにいるかより、誰といるかの方が大事」
「……」
髪を梳いていた手が止まる。空気が変わったことを肌に感じ顔を上げれば、──彼は、何とも名状し難い顔をしていた。部屋の隅を見つめ、葉巻から口を離し、ただ静かに私の名を呼ぶ。……そして言った。「俺に、命を捧げる覚悟はあるか」。
「ある。……と言っても、信じないでしょ」
「……」
「構わないの、勝手に追い掛けて来たのは私だし……信じてもらおうとも、思ってない。あなたの生き方や考え方は、この数ヶ月で沢山知ったわ。だからこれはただの事実。──私の命は、とっくに貴方のものなのよ。それが、全てなの」
未だ手の内に残っているのは、心だけだ。
彼は小さく笑いを零し、また私の髪を緩く梳いた。「馬鹿な女だ」と嘲る声音は穏やかで、ポンと頭部に置かれた掌の温もりと重なり睡魔を助長する。
「俺の物をどう扱おうと、俺の勝手か」
「……そうよ。好きにしていいの……」
「そうか。──よく分かった」
何を、と問う事は出来なかった。口を開くよりも先に、意識は泥中のような眠りに連れ去られたからだ。だから私は、この時彼がどんな顔をしていたのかを知らないのだ。
──知ることは、きっと一生、叶わないのだ。
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おはよ - めっちゃ面白い作品でした！最高です (2023年3月20日 22時) (
レス) @page44 id: d4f6705fb9 (このIDを非表示/違反報告)
白鯨(プロフ) - みうしさん» 嬉しいお言葉をありがとうございます! 私としましてもまだ書きたいものが幾つかありますので、またぼちぼち気まぐれに更新しようかと思います。何卒気長にお待ちください。 (2022年11月13日 23時) (レス) @page32 id: 7a595430fd (このIDを非表示/違反報告)
みうし(プロフ) - 大好きな作品が終わってしまって寂しい〜〜泣泣と思っていたら番外編も書いてくださるんですか😭😭是非読みたいです……！！ (2022年11月12日 8時) (レス) id: f1ae5cae79 (このIDを非表示/違反報告)
愛ってなんや？ - 面白いです！！続き待機してます！！ (2022年10月23日 14時) (レス) @page19 id: 027cc676f2 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：白鯨 | 作成日時：2022年5月25日 10時
