星月夜 3

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小さな音がして見ると、藤ヶ谷がドアを開けて立っていた。


「悪い、起こしちまったか？」


テレビを消そうとすると、大丈夫と言い洗面台の方へ歩いていく。


大分ぼんやりしてるなと思いながら、パスタを口に入れると懐かしい味がした。


懐かしい幸せの味。



時間が戻ったような気がして、頭を振る。



(馬鹿なこと考えるな)



もう二度とあの時間は戻ってこない。


分かっていたはずなのに一瞬、錯覚してしまった。


「水もらっていい？」


いつの間にか戻ってきていた藤ヶ谷に声を掛けられ、はっとして立ち上がる。

寝起きは常温だよなと、冷えてないペットボトルからグラスに注ぎ差し出した。


「……ありがとう」


変な間があったのが少し気になったが、まだ目が覚め切っていないのかもしれないと思う。


「なんかいい匂いがする」


きょろきょろと辺りを見回すと、テーブルの上に置いたナポリタンに目を留めた。


「あ、藤ヶ谷も食う？」
「北山が作ったの？」
「一応。具は入ってないけど」
「え、具が入ってないの？」
「嫌なら別に食べなくていいよ」
「いや、食べる」


食べるんだと思いながらレンジで温めなおし、テーブルの少し離れた場所に置く。

藤ヶ谷はソファに座り、じっと見つめてからフォークに数本巻き付けて口に入れた。
どんだけ警戒してるんだと納得出来ない思いはあったが、様子を伺っていると藤ヶ谷は口を動かしたあと少し目を大きくした。


「これ、美味い」
「マジ？」
「うん。マジですげー美味い」


フォークに沢山のパスタを巻き付け、口の中に運んでいく藤ヶ谷にほっこりした気持ちになる。


「そりゃ良かった」
「好きだし、なんか懐かしい感じがする」
「え？」
「なんだろう。分かんないけど、昔食べたことある気がする」


藤ヶ谷が好きだったナポリタン。

舌に記憶は残るのかなんて、そんなの知ったって何が変わるわけでもないのに。


泣きそうになって、ぐっと奥歯を噛み締めた。


「……そっか」


それしか言えなくて、下を向いてパスタを口に押し込んだ。

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