逃げただけでした。#1

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目の下を、すうっと彼は親指で撫でた。
ギリギリ私の肌には触れないラインで、親指以外の指は頬を支える様に、ある。


クマ、中々消えてないのバレたんだ。
葛葉だって、人のこと言えないって。そう、心の中で呟く。






『葛葉こそ寝れてるの、最近』
　
「まあそこそこ」






嘘だ。そう言ったら、フル回転の脳で、天才的な返しをされるんだろう。私と同じくらい、それ以上にクマがあるのに。


こんなの、叶さんが心配するに決まってる。



忙しいのは分かる。
でも、流石に大丈夫じゃないでしょ。



なんて、声を掛けてしまいそうになった。

お節介かもしれない、と一歩踏み留まる。でも何も言わない訳にはいかなかった。







『＿＿＿＿＿＿葛葉』






やっぱり、葛葉がベッドで寝るべきだよ。
そう言おうと思った。けれど彼は、譲る気がさらさないのだ。


きっと、また拒まれるに決まってる。これじゃあ、何の解決にもならない。＿＿＿＿＿＿どうすれば良い？




葛葉は、私にベッドを譲る。
でも私は、葛葉にベッドで寝て欲しい。

どちらか一人が、相手の言葉に甘えればいいだけの話。でも、その二人が決してそうしないのだ。







それなら。
もういっその事、一緒に寝れば良いんじゃないか。

それは散々と頭を悩ませていた時、ふと思い付いた考えだった。



いやいや。

確かにお互いがベッドを使うことで、願望は叶うけれど、流石に駄目だ。彼が了承するはずがない、と頭からその選択肢を白紙にする。








「ん」







何、と言いたげにこちら(私)を見る彼。

ばち、と視線が交わって。先程呼び掛けた、彼の名前の後に続く言葉。私は口を噤んだまま、何も言えなかった。





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