逃げただけでした。#1

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顔は床に向けてぐっと力を込めて、唇を噛んでいたけど、それを無視する様に片目からぽたり、と涙が溢れて。


ああ、もう顔合わせられない。そう思ったから。







『＿＿＿＿＿＿っごめん、帰るね....』






そう一言置いて、くるりと葛葉に背を向ける。今度こそこの場から離れようとした。


本心は帰る、なんて言葉とは違う。
ただ、この場から立ち去りたくて。逃げたくて。





でも、それを拒む様に。

私がドアノブを手で掴む前に彼は、ぐい、と。背後から、私を引き止めさせた。







「待てよ、」






＿＿＿＿＿＿なんで、引き止めるの。


あの時は追いかけてはこなかったのに。何も引き止めなかったのに。どうして。




涙が頬を伝う。
止まれ、止まれ。そう言い聞かせても、無駄で。





男女の力の差は明確だ。

彼が男性の中で細身と言われる部類でも、私と比べればどちらが優勢かなんて目に見えてる。


だから、私が葛葉に引き寄せられれば抵抗も出来なくて。離れた筈が、更に近い距離に縮まってしまう。





バクバクと、酷く煩く鼓動が波打っている。

それを気付かれていないか、不安で堪らない。だって、彼にも私の心臓の音が聞こえても、おかしくない距離にいるのだ。





私は、必死に自分に言い聞かせた。

葛葉は私を引き止めようとして、こうなったんだ。そうじゃなきゃ、こんな事しない。


こんな、後ろから自分の両腕を私に回して。抱き締めたりはしないのだ。





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