あいに祈りを ページ9
そしてその日はやってくる。
出立の直前。
彼は振り向いて、後ろに控える私に向き直った。
こちらをじっと見つめる彼に首を傾げる。
「鬱様？」
そう呼びかけた、瞬間。
私の体は彼の腕の中にあった。
「なぁ、A。俺がなんで君とここに来たか、わかる？」
「それは…貴方づきのメイドでしたから」
私の言葉にぶんぶんと
そうでないのなら、一体何故。
「違う。俺のメイドだったからやない。Aやから、連れてきたんやで」
「それは、どういう」
「俺はもう貴族ちゃうねん。この意味、わかる？」
彼の言葉に目を見開く。
その意味に気が付かないほど、私は鈍感ではなかった。
赤く染まる私の顔を覗き込んだ彼。
その目は、わたしの全てを見透かしているようで。
けれど熱を帯びた視線から逸らすことは許されない。
逃げられる、はずがなかった。
「帰ってきたらちゃんと言うから。だから待っとって」
頭をそっと撫ぜて背を向けた彼に何も言えないまま。
私は離れていくその背中をただ見つめていた。
今のうちに部屋の整頓でもしようと、彼の執務室へ戻る。
少し散らかった机。乱雑に置かれた書類たち。
見慣れた光景のはずなのに、主がいないこの部屋はいつもより冷たく感じた。
私は多少体術や銃の心得があるとはいえ、戦場で戦うことの出来ない非戦闘員。ここで、主の帰りを待つしかできない。
自分の不甲斐なさと彼を失うかもしれない恐怖にじんわりと涙が滲んだ。
…いいえ。あの方はきっと帰ってくる。
だって、今まで私を置いていったことなんて、一度たりともなかったもの。
嘘を纏う彼だけど、私にくれる言葉はいつだって真実しかなかった。
私に出来ることは、ただ、彼の言葉を信じて待つこと。
頬に流れるあついものには気が付かないふりをして。
力強くここに立つ。
そして、私は笑うのだ。
貴方が帰ってきたら、いつかのお屋敷のようにあたたかい紅茶と甘い甘いクッキーでお茶会を開きましょう。
そして、私から伝えさせてください。
「心から、お慕いしております」
だからどうか、無事でいて。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 125人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：軍パロを愛する連合軍
x他11人 | 作者ホームページ：なし
作成日時：2020年6月1日 12時
