七十七話 ページ37
「おっ、おま」
「自分なんか。そう言うのがお前の悪い癖だ」
自分でも驚くほど落ち着いた声が出た。
嫁入り前の女の子に抱き付くとはな、後でどう責任と取ろうか。
「そうやって自分を卑下しないでくれ。俺はいつもお前に救われてる」
その時Aからのある匂いが炭治郎の鼻をかすめた。
強い自己否定と、劣等感の匂いだ。
「…俺は」
「煉獄さんはさ」
東の空が明らむ。
もうじき夜明けだ。
「Aにまず、自分自身を救ってほしかったんだと思うんだ」
Aが大きく目を見開く。
「お前は自分の身を顧みないで戦いに飛び込むような真似ばかりするからって、煉獄さん言ってた。俺もそう思う。だから、煉獄さんも心配だったんだよ」
炭治郎は子供をあやすような優しい手でAの頭を撫でた。
「もちろん俺も心配してる。こう、心がぐあーってなるぐらい」
Aは今にも落ちそうな崖の端に立っているんだ。
だから、もし落ちてしまったとしても抱き留めてくれるような人が必要なのだ。
崖の下で両手を広げ、大丈夫だよと笑ってくれる人が。
そして、彼女を連れて一緒に崖の上へ戻れるような人が。
(そんな人に、俺はなれるのかなぁ)
いやなるんだ。
伊之助にも言われただろう。
「ッ…」
遠慮がちなAの手が震えながら炭治郎の背を掴む。
彼の肩に目元を押し付けている事から察するに、そういう事なんだろう。
「……それに俺はまだAの事あまり知らないけど、分かるぞ?お前が誰よりも―――」
この先を彼が何と言ったのか、Aは思い出せない。
思い出すのはまだ少し先の話。
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作者名:名梨 | 作成日時:2020年1月12日 18時