78:口づけと眼球 ページ28
クナイを持つ手で、脈をとるように彼女の右手首がつかまれた。
頭頂のほうに膝をつけば、仰向く身体の肺の動きからつま先まで把握することができる。
ガシと口元を覆うようにつかみ、目を閉じることなく、おもむろに彼はAと口をあわせた。
「えぇえええ!!」と驚く白目を気にせず、目線はしかと、意識があるゆえ微弱にも動かされる箇所はないか注視する。
心の臓の波打ちも、不自然な息のつまりもない。
リップ音もなく顔が離され、「いやなら胸を掴め。女は多少なり動揺する」となされる授業に、部下は混乱する。
「いいか、敵が本当に気絶しているのかは見極めるべきだ」
凄腕は膝をたて、クナイを高く持ち上げる。
手を離されれば、そこにはAの顔がある位置に。
淡々と、粛々と。
「クナイがお前の右目を刺す。出血多量で死ぬかもな」
気絶していないなら、避けることができる相手に。
そして、なんの感慨もなく、
(…………しぬ、かぁ……)
手が離された。
重力に従ったクナイは、
彼女の睫毛に触れることなく、指二本分の距離でピタと凄腕により落下を止める。
「……侮るな。手刀の感覚で、お前の意識が落ちていないことなど分かる」
吐かれたその言葉は、かまかけの可能性もあるだろう。
しかし、技術のある武人の言葉であったため、Aはあまりにも確信めいたそれに、そっと目蓋をふちどる銀を震わせた。
ーー落とすわけがないと、高を括ったか?
圧ある、忍びの言葉が降る。
「直前で止めたのは、お前が“使える”と思い変心したからだ。狸寝入りを暴く方法の指導には、役立たなかったがな」
ゆると金の媚びぬ瞳が、夜空を写した。
いまだ間近にあるクナイなど、視界の認識にすら浮上していないようである。
「目など惜しくないというのか?」
透き通るような空気が、彼女にまとわりつく。
軍師の頭巾を掠めるクナイは、線のように布を割く
そこから、黄金の瞳が覗かれた
(…………その瞳は右だった……)
ーーいまは死なないだろうという確信を
「私が、右目を失うことはないと思ったんです。頭巾から、見えなければならないから」
静かに答えてあげたのに、凄腕はいぶかしげに閉口する。
ひとつ、男は舌打ちをした。
彼が暗器をしまい縄を取り出す間に、彼女は時間をかけて瞬きをした。
恐怖なく、いい夜だと、心からそう思った。

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^_^ - 更新お待ちしております。花という言葉に違う読み方の表現がとても好きです。 (5月27日 11時) (レス) @page38 id: f2ee530305 (このIDを非表示/違反報告)
sakana5656(プロフ) - 更新いつまでも待ってます‼️これからも頑張ってください、応援してます📣 (2月24日 20時) (レス) id: cf5b9ca0fc (このIDを非表示/違反報告)
sakana5656(プロフ) - 本当にため息が出るほど素晴らしい作品でした。軍師様が殿に認められた場面は思わずガッツポーズが出ました‼️何もかもが私のハートに刺さりました‼️特にタソガレ陣営との絡みが好きすぎます😆次回も楽しみにしてます‼️ (2月18日 22時) (レス) id: cf5b9ca0fc (このIDを非表示/違反報告)
雛菊(プロフ) - コメント失礼します!文章や話の運びがとても好きです!続きも楽しみにしています。 (1月14日 0時) (レス) @page26 id: 863f24d5e9 (このIDを非表示/違反報告)
あまね(プロフ) - いやああああああああすきいいいいい (12月31日 4時) (レス) @page22 id: 2b125e9969 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:色のアイ | 作成日時:2021年8月12日 9時