十五通目 ページ15
「あ――」
ぽかんと口が開けば、間抜けな声が漏れた。しかしそんな態度を向けられた目の前の彼女の戸惑う顔に気付き、Aは慌てて手で口を押さえ「すみません」と謝罪を重ねて誤魔化した。
まともに前を見られない。彼女に罪はないけれど、まだ心が整いきっていない今は出来れば会いたくも見たくも無かった。そんな苦味で息がつかえて、もう言葉が出なくなる。何とも言えない空気がまた妙な沈黙を呼んでしまう。
「あの先輩、私は大丈夫です。本当にすみませんでした」
少し経った頃、彼女の申し訳なさそうな声が聞こえた。Aはその中の言葉――先輩という単語が引っ掛かった。そっと彼女にちゃんと視線を合わせてみる。彼女の制服の黄色いリボンが目に入った。
黄色というのは一年生の印だ。この学校では学年色が定められており、黄が一年生、赤が二年生、青が三年生の三色である。
後輩だったのか、と驚いた。彼女の背丈はAより高いし、何というか雰囲気がとても一年生の後輩とは思えなかったのだ。
「いえ、えっと、気にしないで下さい。では」
その場所にこれ以上居たくなくて、Aは懸命に微笑んでそう一言残し図書室から出た。
綺麗な子だった――それだけがずっと頭に残った。胸の苦しさいつまでも消えなかった。
翌々日の土曜日、Aの家に和菜が遊びに来ていた。
「その子、本当に福森くんの彼女?」
部屋でお菓子をつまみながら並んで座り、話を聞いた和菜がそう疑問を投げかけた。
「はっきり聞いたわけじゃないけど、二人一緒に帰ってたし」
「んー……あ、聞いてあげよっか? 健吾に」
「そんなことしなくていいから! ね?」
Aは慌てて断る。聞いてもらっても、今とその後で何も変わらないからだ。一つ深呼吸をして、俯き気味に言葉を繋いだ。
「例えあの子が彼女じゃなくても、私は今まで通り見てるだけで何も変わらない。両想いなんて叶わないことだし、願ってもいないし」
実際、そうだった。彼を好きだから失恋の痛みは感じる。その痛みから逃げたいから想いを消したい。決して叶わなくなったから捨てたいのではない。しかし失恋が勘違いであっても、両想いを目指すつもりなんて、初めから微塵も無いからだ。
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megumi(プロフ) - パトさん» 素敵なコメントありがとうございます!幸せな時間を差し上げることが出来たなんて、とても嬉しいです。これかの執筆活動の励みになりました。 (2021年3月7日 19時) (レス) id: 1a15500b7d (このIDを非表示/違反報告)
パト(プロフ) - 素敵な作品を作って下さりありがとうございます。文章が綺麗でほのぼのとした雰囲気も好きすぎて、一気読みしてしまいました。幸せな時間をありがとうございます。 (2021年3月7日 17時) (レス) id: 8ed95612e3 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:megumi | 作成日時:2020年2月1日 23時