呪文 ページ33
「隆の目には、欲望だけしか映ってなかったよ……。」
支えるという言葉も、愛の言葉も、信じていたわけではない。その裏側を疑っていた。だけど、本当は信じたくて、心の隅で希望を灯していた。だからこそ、彼の目が悲しかった。
悪かったのは隆ではなく、弱さに負けた私だ。自分の弱さが憎い。
もういい加減帰ろう。立ちっぱなしだった足も痛い。掴まれていた手首も触れている程度になっていたので、そっと振り払うだけで解けた。
玄関に足を進め、扉の前で靴を拾う。そして背中で広樹の声を受け止める。
「さっきは、すまなかった。つい自分を見失って……。」
そんな言葉を聞いても、何かが変わるわけじゃない。問題は私にあるから。
「だけど俺は本当に、お前のことが今も好きなんだ。」
その言葉が本当だとしても、私が愛しているのはあなたじゃない。
あなたの優しさを利用しようとして、ごめんなさい。
「広樹さんの相手、Aなんだろ? 未来が見えない広樹さんじゃなくて、俺を選べよ。不倫じゃ幸せにはなれないんだ。」
いつの間にか真後ろに来た彼に、肩を掴まれる。
朝倉さんの本心は霧で見えない、幸せな未来に確証はない、関係は雲のように危うい、そんなこと痛いほど体に刻み込まれている。だからいつも、その全てに目隠しをして、自分をあやすようにこの言葉を唱える。
「今が幸せだからいいの。」
これは自分を納得させるための呪文。
「やっぱりお前……。それで良いわけねぇだろ?! なあ!」
「やめて! もういい加減にして。隆にそんなこと言われる筋合いなんてない。」
肩に力を込めて振り向かされ、その途端に唇を奪われる。
顔を背けて引きはがせば、隆は俯いて、ごめん、と息を落とす。
「……また自分を見失った?」
私はその彼を横目で睨みながら、呆れる。
「見失うに決まってんだろ。好きな女が目の前に居るんだからよ!」
顔を上げ、声に熱を込めて訴える彼に驚く。
「だから、俺を見てくれ。」
視線が絡められるも、それには応えられないという意味で私は目を伏せる。
「身勝手な愛には応えられない。さよなら。」
そう残して、勢いよく外に飛び出した。
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megumi(プロフ) - いなすらさん» ありがとうございます!ご期待に沿えるよう、頑張って執筆します(^^) (2019年5月22日 18時) (レス) id: 04e98a2c19 (このIDを非表示/違反報告)
いなすら(プロフ) - めぐみさん» 誤字でしたか(笑)大丈夫ですよ!続き楽しみにしております((。´・ω・)。´_ _))ペコリン (2019年5月22日 17時) (レス) id: 4bc43cc691 (このIDを非表示/違反報告)
めぐみ(プロフ) - いなすらさん» いなすらさん、ご指摘ありがとうございます!誤字です、申し訳ありません。すぐに訂正いたしますm(__)m (2019年5月22日 17時) (レス) id: a2b7118433 (このIDを非表示/違反報告)
いなすら(プロフ) - 作品名、幸せだからいになっていますが、誤字でしょうか?意図的なものではないと思いますが、そうだったらすみませんm(*_ _)m (2019年5月22日 15時) (レス) id: 4bc43cc691 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:megumi | 作成日時:2019年5月21日 5時