堕ちてゆく ページ30
それから定期的に奥さんと会った。専ら広樹さんについての話題が多かったが、その他にも色々な話をし、俺の相談に乗ってもらうこともあった。
その中で朝倉夫婦のルールを知った。自由恋愛を許容していること、内外ともに子供は作らないこと、外泊時以外は一緒に食事をして同じベッドで寝ること、世間には良い夫婦を演じることなど、普通ではないが夫婦は保たれるようなものだった。広樹さんに好きな人が出来たら悲しくないかと聞いたことがあるが、もし以前の彼が戻ってくるならそれでいいと言っていた。
そして一年半ほど過ぎた頃、初めて彼女の涙を見た。その日は、夜にかかってきた彼女からの突然の電話によって会うことになった。
「あの人に笑顔が戻ったんです。」
それを聞いた時は嬉し涙と思い、本当に良かったですね、と喜びの声をかけた。
「ええ……でも、私の力じゃないんですけどね。」
その寂しさと切なさに満ちた声は、涙が哀しみによるものだと理解させるのには十分だった。流れては落ちる彼女の涙を店内の人々が盗み見る。このままでは居心地が悪いので、とりあえず自分の家に誘った。
互いに冷静さを欠いていたため、警戒心の欠片もなかった。
部屋に入り、涙で途切れ途切れになる彼女の言葉を、俺は隣で黙って聞いた。
「彼は愛することが出来る人に出会ったようです。相手の方とメールしている時や彼女と会う日のあの人の顔、本当に幸せそうです。昔私に向けられていた笑顔、久しぶりに見ました。」
それは推測ではないかと思ったが、続く言葉に否定された。
「彼のスマホに、女の人の名前と甘い言葉がありました。それと毎週木曜日、私は親の介護の為に外泊するのですが、彼もその日に決まって外泊しています。当直がある仕事ではないので、恐らく彼女と過ごす為でしょう。」
はたはたと流れ落ちる涙とともに彼女の顔も悲愴に沈んでゆく。
「彼に光が戻るならそれでいい、私が彼を愛しているだけでいい、そんな出来た人間になんてなれなかった。本当はずっとずっと寂しくて、辛くて……愛されたかった。」
初めて聞く素直な気持ちだった。儚く散ってゆくような彼女を、耐えきれず抱き締めた。
「今は……、愛情でもいいですか……?」
「今日は……恵美と呼んで下さい。」
そして重なる体に溺れ、罪に堕ちた。
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megumi(プロフ) - いなすらさん» ありがとうございます!ご期待に沿えるよう、頑張って執筆します(^^) (2019年5月22日 18時) (レス) id: 04e98a2c19 (このIDを非表示/違反報告)
いなすら(プロフ) - めぐみさん» 誤字でしたか(笑)大丈夫ですよ!続き楽しみにしております((。´・ω・)。´_ _))ペコリン (2019年5月22日 17時) (レス) id: 4bc43cc691 (このIDを非表示/違反報告)
めぐみ(プロフ) - いなすらさん» いなすらさん、ご指摘ありがとうございます!誤字です、申し訳ありません。すぐに訂正いたしますm(__)m (2019年5月22日 17時) (レス) id: a2b7118433 (このIDを非表示/違反報告)
いなすら(プロフ) - 作品名、幸せだからいになっていますが、誤字でしょうか?意図的なものではないと思いますが、そうだったらすみませんm(*_ _)m (2019年5月22日 15時) (レス) id: 4bc43cc691 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:megumi | 作成日時:2019年5月21日 5時