クロスステッチで描く夢

満月だけど/fkr ページ1

「Aさん、待ちましたか？」
「いえ、大丈夫ですよ」

ふくらさんとオフィス外で2人で会うのもこれで3回目。いつもよりも丁寧にメイクをして、ちょっぴり高いヒールを履いてみた。

自分の顔に自信がないから、満月の明かりに照らされるのが恥ずかしい。それでも、少しでも可愛いと思われたい。その一心でがんばってみたのに、ふくらさんは似合ってますね、なんていつも通り微笑むだけだった。

「可愛いですね」

その一言のために、私がふくらさんと会う時だけ大人っぽい服を選んでるのも、お気に入りのピアスをつけてくるのも、分かってるはずなのに。

私が、帰り際に手を繋ぐのを躊躇してしまうから。目を合わせるのが恥ずかしくて、目を見て話せないから。優しすぎるふくらさんは、本気で口説きに来ないのだ。１ヶ月に1度の満月は、狼男が変わるようにふくらさんを変えてはくれないのだろうか。


食事が終わって、少し酔いを覚まそうと2人で夜道を歩く。火照った顔に夜風が心地いい。
今日こそは、今日くらいは、手を繋いでみようか。そう思って見るけれど、なんだかもどかしくて思うように話せない。

「今日は満月ですね」

さりげなく言おうと思ったのに、片言みたいになってしまった。それでもふくらさんは優しく微笑んで、話を繋げてくれる。

「満月は、実は１ヶ月に1度じゃない時もあるんですよ」
「そうなんですか？」
「周期的にはね――」

月の話に相槌を打ちながら、髪をいじる。
あのね、ふくらさん。顔を見られるのが恥ずかしいから、満月よりも新月の日に会いたいくらいだけど、今日くらいは。

満月だけど口説いてよ。月が綺麗ですね、ってひと言いってくれるだけでいいの。ふくらさんの優しさと自分の勇気のなさに涙が浮かぶ。

「どうしたの？」

いつもなら嬉しいはずの優しさが、今日だけは寂しい。

「なんでも、ないです」

涙のワケはそっと隠した。

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