“美しい世界” ページ10
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得体のしれない思惑に利用されるのはまっぴらだ。
幸い、誰でもできる仕事なら私が行かなくても会社は困らない。
断れば室長たちにペナルティが課される可能性がある…というなら、すっぱり辞めてしまおう。
思惑が本当なら、私が辞めれば人事交流の意味はなくなる。
マサトが一緒に行くという話も立ち消えになるはず。
確かに今の仕事が好きだけど、どうしても今の会社にこだわる理由がある訳じゃない。
いつ東京に戻ってこれるのかだってわからないのなら、辞めても同じことだ。
「叔父さんの事務所ね、事務員さんを募集しているの。でも誰も希望者が居なくて…ちょうどいいかなって。
この機会に今の仕事を辞めて地元に戻って、叔父の事務所の事務員として働かせてもらおうかな…って思ってる」
「…ふーん。なるほどね…。ま、とりあえず聞いておきます。…で？これで終わり？まだ何か話しときたいことがあんじゃないの？」
「……」
本題は、その先…私たちの今後の話。
でも…。
凪いでいた感情がまた波立って、胸の奥がキリキリと痛む。
言葉が喉に張り付いたようで出てこない。
「…あ、のね、」
「……」
「……」
「遠慮なくどーぞ。オレはオレで考えてることあんだけど、先にAの話を聴きたい」
「…向こうに行ってしまえば…会えなくなっちゃう…」
「そりゃーこっちと向こうじゃ離れてっからねー、うん。…それで？」
「……」
苦しいけれど…
伝えなくちゃいけないんだ…。
「…私ね。会えなかった間…ずっと和也のことを考えてて…」
「ん…」
「私、改めて和也のことが好きだって思った」
「……」
「和也のことが大好きで、和也が居るから私も頑張れるんだなって。
2人で一緒に見るこの世界は本当に輝いていて楽しくて…。私にとっての“美しい世界”は、和也と一緒のこの日常なんだよ。
ずっと一緒に居たい…。何があっても事情が許す限りずっと和也と一緒に居よう…そう決めて今日まで来たの」
顔を上げて精一杯微笑んで見せた…はずなのに。
全然うまく笑えない。
でも、笑わなきゃ。
悲しい顔で告げたくない。
込み上げてくる涙を零さぬように、笑えなくても頑張って笑う。
「でもね、事情が変わってしまったんだよ。だから…」
「……」
「だからね…この手は…もう…」
「……」
だけど、その先が言えなくて。
言うべきだとわかっているのに、どうしても言えなくて。
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作者名：kico
| 作成日時：2019年5月30日 12時
