愛しい君に降りそそぐ

あまい蜜の罠 2 ページ11

F．




「ふふ、なら婚約指輪でもいいよ？」



北山の言葉に期待して、

照れ隠しのためにノリで言った、
ほんの些細な一言だったのに、

目の前の好きな人は、
俺の心を、ひんやりと冷たくしていった。



「ふはっ、ばーか、

お前にやるんだったら蜜にやるわぁ。

つか、もう蜜には指輪買ったしぃ、安物だけど」



なに…それ…


こんな言葉、今まで何回も言われて、
もう慣れたはずだったのに、

今の俺には、悔しくて苦しくて悲しくて、
鷲掴みされたように胸がただ痛かった。



「ごめん…帰る」



突然の俺の行動に戸惑ってる北山を背に、
俺は早く逃げたいという衝動に駆られていた。

だって、このまま一緒にいたら絶対に泣く。
笑顔でいれない。いれる自信がない。


長い階段を下りて、
あとは廊下を渡れば学校から出られる。

待っててと言ってくれた渉に申し訳なさを感じながら、
小走りして帰ろうとしたその時。



「なに…どうしたのお前？」

「…なんで追っかけて来たの」



サッカー部の彼は、
いつも走っているからか息もあがってないし、
追いつくのも早い。


でも今は、そっといておいてほしい。

これ以上は、北山の側にいれない。
きっと、困らせてしまう。



「お前、何が欲しい？」

「…今普通その話する？」

「いいから、なんでも欲しいもの言って」

「…なんでもいいのね」

「高級品じゃなければね」



俺がこれから言う欲しい物は、
高級品にも叶わないほど高価なものだよ。

でも、お願い、今だけ言わせて…？



「…キスが欲しい」

「え…？」

「北山からの…キスが…欲しい」

「…わかった」



北山は優しすぎるよ。

断ってくれたら、拒否してくれたら、
俺はもう、諦められたのに。

いや、諦めることは、多分できない。
できるのならもっと早くしていた。



ちゅ…っ


なんでそんなに愛おしそうにキスするの？

俺を蜜だと思ってる？
俺に蜜を重ねてる？


ずるいよ、北山。



「ごめんね、北山。お幸せに」

「藤ヶ谷、…ありがとな」

「今日のことは忘れよう…綺麗さっぱり」

「忘れていいのか？」

「だって北山は忘れたほうが、

「俺じゃなくて、お前は？」

「忘れたくないよ…でも…忘れる」

「…それでいいの？」

「それが…それしか…ないだろ」



怒られる、
そう身構えた俺を見透かしたかのように、
北山は優しく微笑んで、

俺の頭をぽんぽんとして、
何も言わずに去っていった。


北山は、どこまでもずるい。




．

あまい蜜の罠 3→←あまい蜜の罠 1

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す