破れた傘にくちづけ-クジラとペンギン-（緑紫）

ジャッキーとタツ ページ8

ジャッキーとタツ







溺れる夢を見た。


夢の中では確かに濡れていて

まとわりつく海水と水を吸って重く拘束する服に焦ってもがく体。



くるしい、つめたい


いきができない


でも


どこか頭の片隅で声がする


このまま底まで沈んだら



もう本当に、苦しい思いはおしまいになるやないか



今までだって




どうせずっと一人やった






海の中のはずなのに、ふとスパイスの匂いが鼻をかすめて我に返る。



これは夢や。海の中でカレーの匂いがするはずないから。

落ち着け、落ち着け俺。





J「タツ、たつ君、起きろ」



上からざらついた声が聞こえた途端、俺は空気を取り戻す。

海水を飲んだ気がするせいでからっからに喉が渇いている。

目を開けて見上げた天井も体に掛けられている毛布も自分の家のものではない。

視線を彷徨わせた先に眉を下げたカレー屋の顔があった。



J「よう寝てたな」

忠「…俺、どん位寝てた？」

J「15分くらい。なんか足バタバタしてるから実は起きとんのかと思ったわ」



海で溺れる夢やったから。

カレーの匂いが染みついてるやっすいソファの上でよくもまあ海の夢なんか見たな、俺。




カレー屋が見たことない顔をしている。

いつも光らせてる八重歯をしまって、眉が下がって。


それは、何の顔？



躊躇しながら伸びてきた手がそっと俺の額に触れる。



顔に触られるなんて嫌に決まってんのに、俺は寝呆けたままカレー屋の手を受け入れた。



気づいたら滴るほど、汗をかいている。



乾いた、冷たい手。



カレー屋の手は心地よくて、全然嫌じゃなかった。



なんか安心する。思わずふーっと深い息が出て緊張が解けた。




俺の汗をぬぐって水を手渡してくれながら、カレー屋は安心したように少し笑った。






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