日日是好日

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意を決して乗り込んだ私を、部長はいつものようにそばに引っ張ってくれる。


あいさつする余裕もない。


ていうか顔を向けたらキスしてしまいそうなほど、近い。



たばこのにおい。


あんまり好きじゃないはずなのに、彼のにおいだと思ったらドキドキした。



濃厚な渋谷部長の気配にぼーっとしていると、不意に後ろから、グイグイ、と腕を押される。




渋「――おいお前、いい加減にせえよ」



お腹に響くような、渋谷部長の声。


もしかしてにおいを嗅いでうっとりしていたのがばれたのだろうか。



渋「そこのお前や。目障りやから降りろ」



恐る恐る上げた目線の先の渋谷部長は、怖い顔でこっちを見ている。


発車のベルが鳴って、状況が飲み込めないまままた渋谷部長に手を引かれた、と思ったら



部長は私を引き寄せて、後ろに立っていた大学生を突き飛ばしてホームに出した。



状況が飲み込めないままの私と、怖い顔のままの渋谷部長を乗せて、電車は発車する。









渋「ちょっと座ろ」


「でも、時間が」



会社のある駅に着くと、部長は私の手を握ったまま駅の中のカフェスペースに促した。


もうすぐ会社が始まる時間だし、何よりつないだままの手を会社の人に見られるのがこわい。



渋「待って」



一言言ってスマホを取り出した部長は、会社に電話をして「電車遅れたから遅れる、一緒の電車に乗っとるAも遅れる」と言って返事も聞かずに電話を切った。



「いいんですか？」


渋「あ、一緒におるとか言うたらあかんかった？」


「いえ、あの、そうじゃなくて仕事…」



渋「逆らえるやつおらんからええねん」


渋「それより」


渋「あれ、痴漢やから」


「えっ」


渋「毎度毎度肘で乳押されとったやろ？あいつに」



いつも一緒の駅から乗ってくる、リュックを前に抱えた大学生。


確かにいつも、肘が当たるな、とは思っていた、けど。



渋「ずっと気になっててん。お前も気づいてないみたいやし、俺のそばに置いといてガンくれとったら寄ってこんかったのに」


渋「性懲りもなく、あいつ。今度会ったら死ぬほどしばいたるわ」



「暴力はだめです…」






そうか。


痴漢が許せなかったから、私を引っ張ってくれたんだ。


いつか、電車で寝たのを起こしてあげたから。私に恩があると思って。


会社の後輩だから。


それなのに、私、一人で何を浮かれて…。







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