【中原中也】美容オタクなので金がない【文スト】

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「19にもなって映画で泣いてしまうなんて、お恥ずかしいわ。久々に感動しちゃったみたい。あんまりにも素敵なお話で…ふふ、あんまり見ちゃいやです」

「ご、ごめんなさい。ハンカチをどうぞ」

「ありがとうございます。洗ってお返ししますね」


　一流のレディがハンカチを持っていないわけないだろうと言いたいところだが、これもAの策のひとつである。勿論、涙を流したことも。
　こうすれば次会う時は「この前のハンカチをお返ししたいので」と言えばスムーズに次の約束を取り付けられるし、何より女からスマートに誘うことができるのだ。彼女がよく使う手口である。

　目元を赤くしてほろほろと涙を流しているAはそれはもう美しくて、紳士はすっかり照れた。それに泣いている美人を見ると優しくしてあげたくなるのが人間の本能というもので、紳士はそのまま「どこかで休憩しましょうか」と提案した。


「この近くにカフェがあるみたいです。甘いものはお好きですか？」

「はい！ ちょうど小腹が空いてきたところだったんです」

「それは良かった。行きましょう」


　さりげなく差し出された手に、Aは自分の手を重ねた。顔では「勢いで繋いでしまったけれど少し恥ずかしい」と無垢なふうを装っているが、内心ではゲラゲラ笑って「さすが私 ハンドクリームとスベスベな肌まで完璧よ これでドキドキせん男などおるまい」と思っているのである。なんと怖い女であろうか。

　しかしこう思っていようが外面は完璧なのであり、もちろん紳士は見事にドギマギしていた。女を知らない訳でもない、そこそこの経験があっても、やはり男は美人には弱いのである。

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