花朝月夕

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「今日はいい気分だから、ちょっと飲みすぎたかもね」

机に突っ伏して、上目遣いでそんなことを言ったかと思ったら、

もう身を起こして、ビールをあおってる。

「何で今日はそんなにいい気分なんですか？」

「お正月だし
仕事も当分ないし、最高じゃない？」

「そんなにお休み少ないんですか？」

その質問には答えない代わり、

「今日は久々にAちゃんに会えたしね」

そう言って、テレビではあまり見たことない笑顔を私に見せた。

多分これは、営業用じゃない素の表情なんだ。

そう思ったら、背筋がいい感じにゾクゾクした。









「Aちゃんに避けられてんのかと思ってた」

かと思えば、急にこんなことを言い出す。

酔ってる時の彼は、忙しなく表情が変わっていく。

「そんなことないですよ」

本当はそんなことあるけどね。

これ以上、北山くんの近くにいるのは危険だから。

きっと私は彼のことを、人生を投げ打つ勢いで好きになるだろうし、

きっと彼は私に恋愛感情なんてまるでないくせに、好奇心で思わせぶりに私を惑わすに決まってる。

しかも無自覚で。

そうして私はきっと、身も心もボロボロになって生きる気力をなくしてしまうだろう。

全て仮定ではあるけど、十中八九、こうなるに決まってる。









「俺の正体がバレちゃったのかと思った」

今度は目も合わせないでそんなことを言ってきた彼は、それでも私の反応が気になるのかチラリと横目でこちらを窺ってきた。

「正体？」

自然にそう返していた。

たぶん彼は、自分がアイドルだってことがバレたんじゃないかって考えてたみたいだけど、

私はもっと違うことを考えていた。

もしかしたら北山くんはものすごい悪人で、私をたぶらかして騙して全てを奪い取ろうとしてるんじゃないかとか、そんなバカな想像を。

彼も私のことを警戒してるけど、私もそれに負けないくらいに警戒してるのかもしれない。

「Aちゃんは、俺がどんな人間か知ってる？」

試すような言い方。

営業用に公開されている情報なら、よく知ってる。

何が好きで、何を持ってて、何に興味があって、どんな女の子が好きかとか。

でも、本当の彼のことは何も知らない。

「だって北山さん、何も教えてくれないじゃないですか
私にばっかいろいろしゃべらせるくせに」

そう言った途端に、弾けるように笑い出す北山さんはやっぱり、

私が１０年間見てきた笑顔とは、全然違う表情をしていた。

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