それを恋と呼べぬまま【万葉】完結

八 ページ9

翌朝、味噌の匂いに目を覚ますと、
隣には既に畳まれた布団が。


思ったよりも熟睡してしまったらしい。

まだ少し眠いが、
彼女は恐らく朝餉の支度をしている。

少しでも手伝わねば、と身を起こし、
眠気眼で布団を折りたたみ、端に寄せる。

そして恐らく拙者のためにと布団のそばに
置かれていた紺色の着物を抱え、
台所に近寄って「おはよう」と声をかけた。


「あ、おはようございます！ よく眠れましたか？」
「こんなにぐっすり寝たのは久しぶりでござる……洗面所を借りても？」
「もちろん。あ、手拭、新しいのはそこの棚にありますから」
「かたじけない」


指された棚から手拭を拝借して、
いそいそと顔を洗って、着替え、
適当に髪を結んで最低限身なりを整えてから
着ていた寝間着を籠に入れて、台所へと舞い戻る。

しかし時すでに遅し。
どうやら朝餉の支度はもう済んでしまったようで、
彼女は前垂れを畳みながら
「朝ごはんですよ〜」と微笑みかけてきた。


「……Aは仕事が早いでござるな」
「そうですか？」

家業だけであれば天下を取れそうだ、
などと思いながら呟く。

拙者に残された仕事は席に着くことのみであった。


「いただきます」と二人の声が重なる。


白米、納豆、味噌汁、沢庵、卵焼き……
これぞ稲妻の朝ご飯、というものが並んでいる中、
一品だけ見慣れない料理があり、目に留まった。


「……？ A、これは何でござるか？」
「え？ ……ああ、それは味噌焼きです。ただ味噌を鉄板で焼いただけなんですけど、これがまた美味しいんですよ。ぜひお試しください！」


火傷には気を付けてくださいね、と言いつつ、
Aもその味噌焼きに箸を運んでいた。

なるほど、焼いた味噌か、と思い
拙者もそれを口にする。


「……！」


焼いたことにより、
香ばしい風味の増したそれは
感動的に美味しく、
また、白米にとても合うものだった。

白米とそれを交互に口に運んでいく。

まだ他のおかずが残っているというのに、
あっという間に白米がなくなってしまった。

それを見ていたAは
「お好きな味でしたか。おかわり、ありますよ」
と、どこか嬉しそうにくすくす笑った。



「うむ……Aの料理は絶品であるな。……おかわり、よいであろうか」
「お母さんのおかげです。はい、只今」
「ああいや、自分でよそうでござるよ」



少し気恥しさを感じつつ、
拙者はそそくさとお椀を持って台所へと向かった。

九→←七

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