不器用 ページ11
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お風呂から上がり、しばらく夜風にあたっていた。自室に戻る途中、紅茶を持って歩いている──エーミールさんが目に入る。
エーミールさんは、メイドにあまり物事を頼まないらしい。
知らないフリをして通り過ぎるつもりだった。
「セレナさん」
やっぱり呼ばれた…。
無言で通り過ぎるのは失礼、とか考えたのかな。じゃなかったら私を引き止める理由なんてない。
自室へと向いていたつま先を、ぐるりと反対に向ける。
「私と話してたら、紅茶、冷めちゃいますよ」
「あっ、えっと、その……頼みたいことがあったんです」
「なんでしょう」
「トントンさんに眠れ、と説得してほしいんです」
お風呂に入って火照った体が、一気に冷めたような気がした。
私がトントンさんを説得する？どうせ説得しても、聞いてくれないのは目に見えている。あの人が眠らないのはいつもの事だから、放っておいてもいいんじゃないか。ちょっとやそっとじゃあの人は眠らない。
私の反応がなかったからなのか、エーミールさんは「気を悪くさせてしまったのなら、すみません…」と消え入りそうな声で言った。彼が申し訳ないと、自分が悪いと思うのは、違うと思う。
心の中に少しの罪悪感が芽生え、気づいたら頼みを引き受けていた。
「心配でしたら着いていきます」
「お願いしてもいいですか…？」
「いいですよ。貴女のためなら何でもします」
「っう、」
だめだ………。エーミールさんといると、心臓がもたない。穏やかで優しい人は、私のタイプ一直線なんだ。
それに彼はあざとい。眉を下げてしょんぼりとしている表情は、素なのだろうが完全に私の心を射止めにきてるとしか思えない。彼にそんな気はないかもしれないが。
「セレナさん、ここで待っててもらえますか？紅茶を置きに行きたいので」
「いい、ですけど。絶対冷めちゃいます」
「大丈夫です、これくらい。元はと言えば、私が頼みましたから」
にこりと微笑んで部屋に入っていくエーミールさん。
彼の姿が見えないところで、私は必死に顔に集中した熱を冷ましていた。両手でパタパタと風を送りながら。
もしかしたら紅茶より冷めるの遅いかも。
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作者名：かえち
| 作成日時：2019年11月3日 18時
