Ephemeral ページ29
「アナ。ココアを淹れたから一緒に飲まないか。」
「ありがとう、セイバー。」
コトリ、と置かれたカップから湯気が立ち上り、一口飲めば心を安らかにする。程よい甘さと温かさに自然と顔が緩まる。
そんな彼女の様子に満足したのか、翡翠の目をした青年は目を細めた。
「どうしたの、急に。」
「なんだか難しい顔をしていたからね。君、昨日の夜からずっとしかめっ面なんだもの、少しは息抜きしないとね。」
「それは悪かったわ…。いえ、そんな大したことではないの……ただ、彼…ノアの事でね。」
「ノアードがどうかしたのかい?」
「彼、私の夢に出てくる男の子にそっくりなの。ただ違うのは、雰囲気と髪の長さだけ。」
「そうか。」
そう言って若い騎士はココアを口へと流し込む。カップを持って俯き、ぽつぽつと言葉を紡ぐ少女は、かなり珍しい。よっぽど彼と夢に出てくる男の子が似ているらしい。
「それなら、本人に聞くのが一番じゃないか?もしかしたら前は髪の長さが違ったかもしれないし。」
「えっ、あ、そ、そうね…でも、約束してしまったし…次会う時は敵同士よって………」
言葉を発した後、少女はいきなり顔を上げ、ハッとしたように目を見開く。
「約束……約束………?私、これ以前に約束なんてしたかしら…」
「三人で交わした以外の約束かい?してはいない筈だけど。」
「何か…何か忘れている…大事な事を……何だったかしら…思い出せない…」
「もしかしたら思い出してはいけない事かもしれない。アナ。少し落ち着いて、ノアードの所へ行こう。」
「ええ、分かったわ。」
このもやもやの原因が分かれば良いのだけどね、と零しながらココアを飲む。身体は温まるが、胸の中にある蟠りだけが氷のように溶けない。
セイバーは思い出してはいけない事かもしれないと言った。人間は自分にとって都合が悪い出来事をすっぽり忘れてしまう事がある生物だ。きっとそういう現象なんだろう。
夢の内容の概念を信じる質では無いけど、こうも頻繁に見る夢だもの、きっと何かあるに違いない。白い長い丈のインナーに黒いズボンという格好をした金髪の青年に目を向けると、彼はにこりと笑う。この笑顔で何人もの女性を骨抜きにしたのだろう。
私は少し、少しだけ、セイバーが羨ましい。すぐに笑顔を作れて、恵まれた体格をしていて、その上頭も切れる。丸首のインナーから見える鎖骨はとても色っぽい。
こんな完璧な人間に、私はなりたかったなと思った。
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作者名:白咲 アオン | 作成日時:2017年12月11日 20時