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「玄樹、帰ろ！」
放課後、教科書を詰めていると
前のドアからいつものロングヘアの女が来た。
彼の、彼女。
1か月前 私の前から彼を連れ去った彼女。
彼女は岩橋くんよりも
ずっとずっと小さい。
「うん、…あ、ちょっと待って。」
岩橋くんは手に本を持って
くるっと振り向いた。
すたすたと何の気なく近寄って
「A、これ、ありがとう」
岩橋くんは笑った。
模範的な笑顔を私に向けて。
みんなは可愛いと言うけど
私にとってはずっと、カッコイイ笑顔。
ああ、ずるい。
「いいよ。もう読んだの？」
「うん、面白ろかったから。」
岩橋くんの左手から本を受け取る。
ブックカバーがついたままの文庫本は
もう、用無しだ。
「じゃあ、」
そう言って
当たり障りのない素振りで私の前を離れていく。
ロングヘアの女が見てる。
そんな妬ましそうな顔で見ないでよ
そっちの方が
欲しいもの持ってるくせに。
並んで歩く後ろ姿なんて見ないで済むように
彼らより先に教室を出たい私は
急いでカバンに教科書を詰める。
どうせ家に持って帰ったって使わないけど
この際そんなことはどうだっていいんだ。
空っぽのカバンを
持ち上げるのは
なんだかとても惨めだから。
意味の無い重りを詰め込んだカバンを肩にかけて
後ろのドアから出ると
私がいちばん聞きたい声が
私のいちばん大事な名前を読んだ
「A！」
嫌でも立ち止まるしかない
湿気で湿った廊下に擦れる 上靴のキュッて音。
笑顔を作って振り返る。
「お礼！」
ほいっ、と
軽く投げられた小さな物体。
落とさないように目を凝らしてそれを両手で掴む。
「はちみつ、のど飴…」
私の手のひらの中で
自慢げに威張る黄色いクマ。
「授業中！ボーッとしすぎ！
風邪ならひき始めのうちに治せよ〜」
岩橋くんってほんと、分かりにくい。
あの時、携帯に夢中だったじゃん
だいたい風邪なんか引いてないし。
岩橋くんに 向けた言葉は気づかないくせに。
となりのロングヘアの女は
また、私の嫌いな顔をした。
でも今度は
ちょっぴり苦しくなくて
手のひらのクマは
まだ、誇らしげだった。
「ありがと！」
いつもより大きい声で
岩橋くんに言う。
もう 本を買うのはやめよう。
雨がいつかは止むように
飴玉がいつか溶けるように
私の傘も必要なくなる日が来るといい。
．完
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霞草(プロフ) - aimiさん» コメント頂けて嬉しいです。久しぶりになにか執筆したいなぁと思ってます！ (2021年10月10日 1時) (
レス) id: cf24c8e438 (このIDを非表示/違反報告)
aimi(プロフ) - あと、燃える心に駆け抜けろの続編が読みたいです。よろしくお願いいたします (2021年10月6日 20時) (レス) id: 7523aceb2d (このIDを非表示/違反報告)
aimi(プロフ) - 私、こういう感じの作品初めて見ました‼️また、書いていただけると嬉しいです‼️ (2021年10月6日 20時) (レス) @page37 id: 7523aceb2d (このIDを非表示/違反報告)
すばりてちゃん - あぁ、やっぱり作者様が紡ぐお話はエモすぎる、と心より思います。いつか私も、作者様のように人を動かせるような言葉を紡げたらと憧れました。陰ながら応援しております。 (2019年12月25日 12時) (レス) id: 9aa5aa9bdc (このIDを非表示/違反報告)
みき(プロフ) - 岸くんのストーリー好きです。続編で長編とかも書いてもらいたいです。また、廉くんのストーリーも、番外編でも良いので、ハッピーエンドになるようなお話が読んでみたいです。よろしくお願いします。 (2019年3月24日 7時) (レス) id: 5ca5d758c8 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：霞草
| 作成日時：2019年3月19日 0時
