第二章 ページ3
オーナー*
「……恐らく記憶障害の類でしょう」
あの後医師にこのことを伝えると、彼はこう言った。
「睡眠薬には記憶障害を引き起こす可能性のある成分が含まれておりますので……。
しかも好きな人だけを忘れる、記憶を書き換えているとはまた厳しい病状ですな。
記憶がまだある時のシエルさんに、かなりのストレスがあったものと考えられます」
「く、薬とかは」
「残念ながら……。
これ以上の記憶障害を引き起こさないようにするための薬はありますが、すでに消えた部分はそちらで埋め合わせをしていただくしか手立てはありません」
それは、重々しい口調だった。
溜息を吐きながら、シエルの病室に帰る。
すると、点滴を取って貰ったらしいシエルが、パッとこっちに駆け寄ってきた。
そう言えば、医者も今日一日は様子見の入院だけど、明日からは帰って良いとか言ってたっけ。
『オーナー!』
「おい走るな、コケるぞ」
『えへへ、会いたかったんで』
その言葉にずきり、と心臓が痛む。
「そうか」と頭を撫でてやれば、彼は気持ちよさそうに目を細めた。
『心配しなくても、もう平気ですよ』
「でももしものことがあったら」
『もう!
オーナーはいつもそうなんですから。
この前も、俺と気持ちの埋め合わせしたじゃないですか。
オーナーが「していいか」って言って』
それは俺が言った言葉じゃねぇよ。
『夜には「愛してる」って言ってくれるし』
違うんだ。
『そもそも、俺を娶るなんて言ったのは』
「……シエル、俺じゃないんだ」
このまま嘘を吐いてしまえばいい、なんてことは思わなかった。
ああ、嘘だよ思ったさ。
記憶がないことに付け込んで、シエルを俺のものにしてしまえばいいなんて一度でも考えてしまった屑野郎さ、俺は。
でも、名前は憶えてなくとも、そんなにあいつのしたことだけはしっかり覚えてる奴に。
あいつに会いたい気持ちを抑え込んで抑え込んで、それでも抑えきれなかったから我が身を薬で殺そうとした奴に。
アンフェアな方法で「恋人に」なんてなれるわけがないだろ。
「それはさっき言ってた、葵って奴が全部やったことだろう。
お前と兄貴は恋人だった。
お前の恋人は俺じゃ無いんだよ、シエル」
みっともなく、泣いてしまいそうだった。
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おむらいす星人(空弥)(プロフ) - ナッキーさん» 読んでくださる方が一人でもいらっしゃるのなら、書こうかな、とも思えるようになりました。感謝してます。非常に短い間ではありましたが、ナッキーさんのお陰で更新停止を解こうかと思ってますw長文すみません。また良ければこの作品を覗いてくださると幸いです (2019年5月13日 21時) (レス) id: 7c5acb30f8 (このIDを非表示/違反報告)
おむらいす星人(空弥)(プロフ) - ナッキーさん» 返信遅くなりましたが返させて頂きます。正直この作品は私自身も大好きだったのでそう言っていただけただけでも嬉しく思います。上の文章を書いているとき、本当に不安でしかたがなくて、この作品の需要はないものだと思うくらいにしんどかったので……→ (2019年5月13日 21時) (レス) id: 7c5acb30f8 (このIDを非表示/違反報告)
おむらいす星人(空弥)(プロフ) - 碧依さん» 遅くなりましたがコメントありがとうございます!……戻ってきたい気持ちと書かない方がいい気持ちとが半分半分といった状態ですが、そう言っていただけて気持ちが楽になりました。本当にありがとうございます (2019年5月13日 21時) (レス) id: 7c5acb30f8 (このIDを非表示/違反報告)
ナッキー(プロフ) - 初めまして、私はこの作品を頭から読んでいてとても好きでした。最近だと、男主作品を読むことがかなり多くなりました。ですが、作者の執筆意欲を下げる行為に悲しくなりました。もっとこの作品を読んでいたかった私にとっては残念です。空弥さん、更新待ってますからね (2019年5月7日 5時) (レス) id: 105b0be3f0 (このIDを非表示/違反報告)
碧依(プロフ) - そうですか、残念です。平等に評価されるまで此処には戻って来なくていいと思います!空弥さんの作品大好きなので待ってますね。 (2019年4月20日 19時) (携帯から) (レス) id: fa08d6addd (このIDを非表示/違反報告)
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