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泡が六十 ページ10

中原は目的地に到着して、叩敲を二回した。


「はい」


たった一語の応答で、機嫌が良さそうなのが窺える。
中原はチクリとまた苛立って、


「俺だ。入るぞ」


ぶっきらぼうに告げ、返事を待たずに中に入った。
通常なら、少し唇を尖らせて怒る筈の行為を、Aは笑って受け入れた。


「お帰り、中也。半年振りね」


それは単に、言葉通り半年振りの再会を喜んでくれていたからなのかも知れないが、太宰との会談を経た今、素直にそう考えられない。

半年見なかった彼女は、以前よりも更にか弱くて、髪が少し伸びていた。


「髪、伸びたな」

「ん?そうかも知れないわね。また姐さんに切ってもらおうかしら」


云い乍ら、親指と人差し指で毛先を挟んで、自身の髪を一房掬い上げた。
と、中原はピシリと固まった。

Aは気づいた様子もなく、


「そう云えばね、太宰が中也に訊けば解るって云ってたんだけど」


彼女の細く長い指が彼女の鎖骨をなぞる。


「鬱血、で合ってるとはいってたけど、何なのかしらね?」


無邪気に首を傾げる少女のような女性を、一瞬壊してしまいたくなった。

其の衝動は、彼女の所為ではないけれど、彼女に向かってしまうものだったのだ。

手足の先に力を入れて、何とか突発的な行動を防いだ中原は、表情を消して彼女に歩み寄った。


「中也……?」


漸く中原の異変に気づいた彼女が、戸惑った表情でいるが、お構いなしに彼女の手を取り、キングサイズの寝台に放り投げた。
そして彼女が起き上がる前に、異能を発動して、シーツに縫い付けた。

中原の異能に依って重くなった身体に苦しそうな表情をしたが、それでも彼女は驚愕の方が大きいらしかった。

嗚呼、此の娘は何も解っちゃいないのだ。
それが何を指し示すのか知らないし、太宰を疑う事も知らない。


「ちゅ、や、苦しッ」


無意識のうちに重くしてしまった重力を元に調整し、彼女の頬を撫でた。

何も、何も知らない女。
外の世界も、本当の自由も、色恋も、全部……全部。

全部、自分が教えてやりたかった。
一緒に外に出て、自由に遊ばせて、自分の気持ちを伝えて、それが如何いうものなのか、如何いう事なのか、一から、手取り足取り教えてやりたかったのだ。

実際、接吻はしたし、其の少し上の事もした。
本人はよく解っていなかったらしいが、それでも後で教えてやる積りだった。

太宰に取られたのが厭だったのではない。

思い知らされたのだ、自分のして来たことの過ちを。

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作者名:京beスウィーツ | 作成日時:2017年9月24日 9時

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