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泡が五十四 ページ4

「A !!」


鍵を開け入室すると、見知らぬ女性が立っていた。
否、其れはよく見知った人であった。ただ、


「A、お前その髪」


彼女の特徴であった、艶のある長い黒髪がばっさり切られ、肩ほどの長さで留まっていた。


「姐さんに切って貰ったの。こんな事しても、短刀なんて貰えやしないのにね」


中原は何の事かと一瞬考えたが、直ぐに人魚姫の御伽噺と結びつけた。
泡になってしまう妹を救う為、姉たちが美しい髪と引き換えに短刀を手に入れた。
其れで王子を殺せば人魚姫は救われる。だが、彼女は其れで自分の命を絶ってしまう。


「どう云う積りだ」

「何もしないわ。だって、中也が側にいてくれるでしょ?」


中原は言葉に詰まった。
何てタイミングが悪いのだろうか。


「如何したの?」

「悪ィ、明日から暫く空ける」

「……そう、何時帰って来れそう?」


諦めた瞳も見慣れてしまった。
何時からだ、如何してこうなった。
孤独を埋めてやりたいと思った少女を、孤独な女性にしてしまった。




俺は、一体何をしてンだ?




「A!」


無性に彼女を抱きしめたくなった。
頭に回した腕に、髪の先が当たって擽ったい。


「ちゅ、中也?」


久し振りに戸惑った瞳が、純粋に困った顔が目に映った。
愛おしい。
愛情が溢れて如何にかなってしまいそうだ。

今直ぐにでもこの娘を抱きたい。
繋ぎ止めて置きたい。
それは己の為と云うより、彼女に尽くしたい気持ちからだった。


「A、いいか、よく聞け。俺は絶対帰って来る。だから、俺だけを待ってろ。居なくなった奴の事なんて忘れちまえ」

「別に、誰も待ってないわ」

「待ってんだろ、太宰。彼奴がふらっと帰って来るんじゃねえかって期待してんだろ。ンなことすんなよ。絶対に帰って来る俺だけを待ってろ。いいな」


自分でも可笑しな事を云っている事位、自覚していた。
だが、云わずにはいれなかった。
Aは何か察したのか、それともよく解らぬままだったのか、静かに頷き中原を抱きしめ返した。


「中也の事、待ってる。絶対に帰って来て。約束」

「ああ、約束だ」


額に口付け、中原は笑った。
哀しい、虚しい笑顔だった。




中原が去った自室で、


「太宰……何処に行っちゃったの?」


彼女は一人、呟いた。


「中也まで消えちゃったら、如何すればいいのかしらね……」


寝台に倒れ込み、考えを打ち消す様に夢に微睡んだ。

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作者名:京beスウィーツ | 作成日時:2017年9月24日 9時

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