花の聲 ニ

五十五 ページ8

大貴.


「………ええ、まぁ」

さすがは若旦那、主語なしで通じるや。


俺は、所謂口減らしで故郷を出てきた。
最初の奉公先はそりゃ酷くて、おまんまさえろくに食えない日々。
身長が伸びなかったのはそのせいだって、俺は今でも根に持ってる。

てのは冗談で。
酒問屋だったんだけど、店主が儲けをちょろまかしてたのが発覚してお店(たな)は潰れちまった。
夜逃げ同然にいなくなった店主家族。給金を踏み倒され、路頭に迷うしかなかった俺たち使用人。
伝(つて)を持ってなかった俺を仲間が拾ってくれ、仲介人を買って出てくれた。
そして紹介された先が八乙女医院だったんだ。
生憎人手は足りてたけど、大先生が推薦してくれたお陰で、今も薮屋(ここ)で働かせて貰ってる。


つくづく思ったね。
必要なのは人脈だって。

横にしろ縦にしろ、繋がりを保ってなけりゃ右も左も向けなくなるって、俺は身を以て知ったから。

「慧坊っちゃんのお世話も楽しい仕事なんすけどね」

頭を掻いて照れ隠しに笑った。

「俺には外回りが出来る今のが遣り甲斐あるんです」

ま、その点でも雄也には感謝だな。
あいつも大分慣れたから、俺に坊っちゃんのことを聞かずとも対処出来てるみたいだし。


自分の過去話を織り交ぜながら話を進めて行くと、若旦那さんの顔付きが真剣味を帯びてた。

「大したもんだな、大ちゃん」
「そんなことないっす。結局我が身の保身の為っすからね」
「きっかけはそうでも、それは大いに役立つよ」

そんなもんかな？

「俺は今、人を使う立場にいるけれど」
「はい」
「その上で一番必要なのは、そういう繋がりだと思ってる」

茶を啜りつつ軽く言ってのけながら、口角が不敵に上がってる。

「俺の目に狂いはなかったな。…大ちゃん」

カタッ、と茶托に湯飲みを戻し向けられた鋭い眼光を、俺は正面から受け止めれば。

「これからもよろしく頼むよ。頼りにしてるからねっ」

一転、ふんにゃり目がなくなる笑顔でかるーく言われてコケた。

「は、はぃ…」

「…もう一杯貰おうかな。大ちゃんもどうだい？」
「………頂きます。若旦那さん」
「茶菓子も欲しいねぇ」
「貰ってきましょう」
「二人分、頼むよ」
「ありがとうございますっ」

たん、と障子を閉めて、力が抜けそうな膝を叱咤した。

食えねぇ人だな！
でも、将来安定したと見ていいらしい。

「次の休みにゃ、もっといいもん買って帰れるかな…よしっ」


ご希望に沿う茶菓子貰いに行くか！



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