花の聲 ニ

九十三 ページ46

慧.

うどん美味しかった。
お腹が膨れて、いつの間にか眠っていたみたい。

けい、と呼ばれて目を覚ましたらひかるがいた。

「気分はどうだい？…うん、下がってきたね」
『そう？』

「明日には落ち着くだろうけど、まだ寝てなさいね」

ぇえ。つまらない。

「振り返したらいやでしょ？」
『ぅ…』

それはやだけど。

『ねぇ、雄也は？』
「着替えた寝間着を洗濯場へ持っていったよ」

そういえばさっぱりしてる。布団から出した袖は、覚えてる柄と違ってた。

まじまじ見てると、ひかるが丸眼鏡の奥の目を優しげに細める。

「心から信用してるんだねぇ」
『何いきなり』
「雄也のことさ」

だって、着替えたの知らないんだろう？
楽しそうに言われて反論出来ない。
確かに全然知らないけどっ。

「ん？ああ、書けるかい？」
『うん』

起き上がっても目は回らない。渡してくれた紙に、さらさらと書き付けた。

『あにさま拗ねてる？』
「宏太？…朝のこと？」

こっくりと頷けば、大丈夫大丈夫、と笑いながら手を振られた。

「慧は、雄也に付いてて欲しかったんだろう？」

問われて迷ったけど。
どう返事をすればいいかも悩んだけど、結局小さく頷くことしか出来ない。

今まで具合が悪い時、辛くて苦しくて、忘れたい夢ばかり見るから、判ってくれる兄さまに添い寝をせがんだ。
だけど温もりが冷めていく感覚が恐怖だったおれは、隣の兄さまに縋ることが出来なかったんだ…。

『でもね、雄也には抱き付きたい』
そして…。
抱き締めて欲しいと思う。

『変？』
「ちっとも。それはね、慧の中で、雄也がとても大切になったからだよ」

問い掛けを読んだひかるが、今までで一番優しい顔をした。

「宏太には内緒ね」
『どうして？』
「寝込むから」

くすくす笑うひかるに聞いても、笑って教えてくれない。
どころか、更におかしなことを言われ戸惑うばかり。

「いいのさ、それで」

何がそれでいいの？
眉を寄せればひかるがまた笑う。でも、さっきと違う綺麗な笑みが、重ねようとした問い掛けを止(と)めた。

「さ、もう一眠りおし」

そうすればきっと、熱も下がるよ。
そう言って、ゆっくり頭を撫でてくれて瞼を閉じた。

ああ…気持ちいいなぁ。

ねぇ、あのね。ひかるの手。
優しくて好き。
兄さまの手も大好き。


でも雄也の手はもっと好きなの。




すき、なの。




.

九十四→←九十ニ

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す