花の聲 ニ

六十一 ページ14

慧.


ぽかっ、と目が覚めた。


(ぁれ？)

何時もは何処かしら不快な箇所がある身体なのだけれど、今朝は随分と軽い。

はて…夢でも見たのか？

(うーん、と…)

部屋の中は既に暖まっていて、温(ぬく)まってる掛け布団を思い切って剥いでもさほど苦にならない。

火鉢に置かれた煉炭が僅かな灯りとなって、闇に慣れた視界がきちんと畳まれた雄也の布団を捉える。

障子の向こうはまだ暗い。恐らく雨戸がまだ開いていないのだろう。やかんはまだ台に下ろされてる。
と、いうことはまだ、かなり早い時刻。

(……うん、夢かどうか判らないけど気分がいい)

こんな気分になれるのは久し振りだった。

どうしよう、起きてしまおうか。
喉も少し渇いているし…。

(よし、起きよう)

衣裳箱に揃えられた中から、先ずは足袋を手に取った。
何時もの朝だと、雄也が履かせてくれるものだ。

寝台に座り、屈んで履く。
長年してもらうことに慣れていたから、日常ごとを自分でするのが新鮮に思える。

帯を締め、羽織まで自分で着付けた。
何だか誇らしささえ感じる。

裾を整えていると足音が近付いてきた。

雄也だ。

「ゎ。慧さん、もう起きてらしたのですか？」

音無く開けられた障子から覗く、端正な顔が驚きを隠さず破顔して。

「おはようございます慧さん。ご気分は如何ですか？」

『すごくいいよ。お陰で目が覚めたの』

「それはようございました。只今お顔を洗う湯を用意して参りますね」

『ううん、それより喉が渇いた』

手を丸め傾けて見せると、雄也は直ぐに察して。
お待ちを、と言い置き廊下の向こうに消える。

祖父を始め、使用人の皆も。何時でも自分を大切にしてくれる人々の中にあって、雄也だけは何処か違うと思っていた。
身体が不自由だから、雇い主の息子だからと特別扱いせず、いつでも対等に接してくれる。

初めは居心地の良さだけだったのが、次第に頼るようにもなって。
雄也もまた…多分…きっと、自分に好意を持ってくれてるような…。

いやいや、そこは思い込んではいけない。雄也の気持ちは、雄也に聞かねば。

でも。
もし。もし雄也も。


(…よしっ、頑張ろっ！)

光としている訓練を、一層頑張るのだ！

「お待たせしました、白湯ですよ…どうかしました？」

えいえいおー！の格好を慌てて引っ込めた。どうして今来るの！！

『何でもないっ！』

驚かせたいから絶対内緒っ。


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