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6月30日。睦月の終わる日。母のヴァイオリンコンサートの日。初めて父とそれを聴きに行った日。初めて肉まんを食べた日。父は私をコンビニエンスストアの前に置き去った。
「母さんがすぐに来るから、さようなら」
そんな言葉を最後に父は私に背中を向けた。この言葉通り1分も経たないうちに母が私の手を取り「コンビニのものなんてこれから先食べないでちょうだい」と刺々しく吐き捨てた。
離れて行ったぬくもりが、代わりに私を包んだ寂しがりな冷たさが、今でも忘れられない。
「父は私の生きる道は私に決めさせるっていう条件で母の教育に口を出さなくなって、最後には私と母の元からすらいなくなったの」
小さな公園のブランコに2人並んで夕方5時半の鐘を聞く。刀也くんに笑いかけたつもりの顔は、思ったよりも硬くて自分でもわかるくらいひきつった。
「…それがあなたが悩んでいることですか？」
わかっているだろうに彼はそう聞く。意地悪な優しさだ。
「ううん、悩みごとはね、不眠だよ」
「でしょうね」
「知ってたじゃん」
「Aさんは存外わかりやすいので」
ニコリともせず言った彼はあいも変わらず私の目を見つめる。同情もなければ憐れみも無い。その代わりどこか慈愛に満ちたそれは私の中で絡まっていた言葉を解き吐き出してくれる。
「…中2の時、眠れなくなることに気が付いたの。6月になって梅雨が始まった時だった。眠るとお父さんが離れていくの。暖かさが消えて、寒くて寒くて仕方なくなる。寂しくて怖くて。でも、7月に入ると途端に平気になる、って感じ」
「病院には？」
間髪入れず。
あまりにも適切な質問に思わず苦笑いが漏れる。
「行ったよ。睡眠薬処方してもらったけど、やっぱり悪夢で目が覚めちゃって、だめだった。これ以上行ったら倒れるってところまで行かないうちにたまに飲んで、無理やり寝てって感じ」
「なるほど…ほかに、なんとか眠る方法は無いんですか？」
眉間に皺を寄せて、私を伺うようにそう言った刀也くん。
真剣な表情に本気で私を心配してくれていることを察するが、その質問の答えを私はひとつ以外持たない。
…きみの、手の温度。
なんて、言えるはずもなく、
「…僕の、手のおんど…」
無かったんだけど
彼の口から落とされた言葉に目を見張る。もしかして、もしかしなくとも、今…
「こえ、出てた…？」
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作者名：でん太郎
| 作成日時：2022年10月2日 17時
