嘘つきカップル (ページ23)

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6月特有の冷たい雨が降る午後17時。すっかり遅くなってしまった、とプッシュプルタイプのドアノブにカードキーを差し込めば、カチリと軽い音。音を立てないように扉を開く。中は昼間だというのにカーテンが閉め切られているのか仄暗い。廊下の正面に設置された小さい窓から差し込む弱い光が唯一の灯りだった。そぉと忍び入るように靴を脱ぎ、2階の自室へと足を向けたその時。

「A、帰ったの？」

しまった、金曜日だから早く帰ってきていたのか。思わず身を固める。声はリビングへと続く扉から聞こえた。

「…うん、ただいまお母さん」
「帰ったら挨拶をしなさいとあれほど言ったじゃない」
「ごめんなさい、次から気をつけるね」

しばらくその場で立ち止まり次の声を待ってみるも、何も聞こえてはこない。それならば、と急ぎ階段を登る。そうして階段も半ばに差し掛かった時、背後から聞こえたドアノブをひねる音に私は再び足を止めた。

振り返れば私とは正反対の甘栗色のふんわりとした髪を肩のラインで揃えた女性。頭髪と同じく色素の薄い瞳がじぃと私を見上げている。

「…どうしたの？お母さん」
「あなた勉強は？」
「やってるよ、今月末に学園祭があって、そうしたら7月の12日から期末テストなんだ。大丈夫、学園祭では絶対にクラス企画優勝するしテストも、全部1位取ってくるから…去年も、そうだったでしょう…？」

だから、これ以上…

「…そう、そうなの。それなら、大丈夫ね」
「うん、大丈夫だよ」
「ふふ、Aはいい子で助かるわ、あの人と違って」

ひゅっと喉が鳴った。

「あの人はほんとうに勉強ができなくて、唯一抜きん出ていた運動だって自分の夢を叶えるためだとか言って捨ててしまって…」

からからと頭の中で脳が空回りをしている。「だからAは、」「あの人のようにならないで」「あの人のようには」

「っ私、性格ははお母さんに似たから、大丈夫！」
「…そうね。引き留めてしまってごめんなさい。これから部屋で勉強するんでしょう？あとでお菓子を持っていくわね」
「…うん、ありがとう」

それじゃあ、私そろそろ勉強しなくちゃ
えぇ、頑張ってね

ごめんね、お母さんに似てなくて。
ごめんね、あの人に似てしまって。
ごめんね、ごめんね。

音を立てないように、扉を閉じずるずるとしゃがみ込む。いやに整頓された部屋では、何もやる気が起きなくて。

「…っ、」

喉からこみ上げる熱いものは、唇を噛みしめている間、顔を出すことは無かった。