♭君が僕を呼んだ日 ページ13
あの後、僕とお頭が騒いでいる内に──副船長に二人揃って叱られた──ウタは眠ってしまった。
さて、お頭はウタに名前を呼ばれた。
となれば当然、僕も読んでほしい訳で。
流石に副船長より先にってのは生意気？
でもホラ僕は教育係だし。
そうやって自分の理性を感情が説得する。
まずウタは僕の名前を覚えているだろうか？
そう思った僕は、ウタの前で自分の名前を繰り返し言ったり、一人称をウタの前でだけ自分の名前に変えてみたりした。
それを見た他の船員たちには笑われたけど。
勿論、その日そいつ等の仕事は手伝ってやらなかった。
土下座する勢いで謝られたけど、あと3日は許さないつもりだ。
せいぜい、僕を笑った自分を後悔してくれ。
しかしその甲斐あってか。
『ウタ、そろそろ夕飯の時間ですから行きましょうか』
周りにいた数人の仲間と共に部屋を出る。
「あぅ……」
ウタが何か言いたげに唸った。
もしかして抱き上げ方が悪かったのだろうか。
そう考え、直そうとした。
その瞬間。
「……せんせぇ」
『え』
聞き間違えるはずのない、ウタの声。
それに、僕だけじゃなくて周りの仲間もあんぐり口を開いている。
つまり、そういうこと。
「ウタが、Aのことを呼んだ……？」
「嘘だろ……？！」
「お、おぉお？！！
やったなA〜〜〜！！！！！」
呆然としている者、驚く者、喜んでくれる者、まさに三者三様。
僕というと、
『……夢ですか？』
こんな調子だ。
名前で呼ばれることを想定してたし、まさか先生なんて呼ばれると思ってなかった。
お頭がふざけ半分でウタの前で僕を“先生”と呼ぶから、覚えてしまったんだろうか。
名前とか、お兄ちゃんって呼んでほしかったわけじゃない、と言えば嘘になるが。
でも嬉しい。
めちゃめちゃ嬉しい。
今すぐ抱きしめたいくらい嬉しい。
僕、先生でよかった……
「おいお前等！もう飯出来たって言ってんだろ……って、何だ？！」
「え、何？怖っっ？！しかもうるせぇ！」
「おいA！お前説明しろ……うおっっ？！！
お前顔面ヤバいぞ！！」
普段は僕はこの船の中でもそれなりに冷静な方だ。
だから彼も僕に声を掛けたんだろうが……
『すいませんご飯はちょっと待って下さい、今胸がいっぱいでお腹何も入りません……』
「本当にどうした？！！」
この後、ウタに名前を呼んでもらおうとする奴等が急増し僕と同じことをした。
自分を棚に上げて悪いが、流石にどうかと思った。
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作者名：凍ったライム | 作成日時：2022年10月1日 0時
