♭君が言葉を話した日 ページ12
それからというもの、僕はよくウタと一緒にいるようになった。
言葉とか歩き方とか。
好き嫌いしないようにとかトイレとか。
そういうのを教えるために。
ウタは飲み込みが早かった。
地頭がいいんだろうか。
ちゃんと教えてやれば賢い子になるだろう。
その為にも僕は責任重大だ。
ウタが自分のことを自分で考えて、自分の意思でやりたいことを見つけて
悪意をはねのけて、自由に生きていけるように。
───生きたい時に生きて、死にたい時に死ねるように。
＊
お頭がウタの周りで何やら騒いでいる。
「ウタ〜、“パパ”だぞ。
パ、パ！」
『何やってんですか、お頭』
「お、A！
ウタに早く覚えて欲しくてよ〜」
『あぁ……確かにもう少しで言葉は話せそうですけど……
アンタ、パパなんて柄じゃないでしょ』
つい冷めた目をしてしまったのは勘弁して欲しい。
大の大人が何をそんなに必死に。
そう思っていたのだが……
「うぁ…、あん……しゅ」
「『？！』」
聞こえた声というより、発された言葉に僕等は目を剥いた。
「おい、A、今……」
『ちょっ……うるさいですよお頭！黙ってて下さい！！』
「お前、うるさいって……酷くないか？！」
今はお頭のことはどうでもいいのだ。
問題は、ウタが今言ったこと。
まさか、“シャンクス”って言おうとしたのか？
二人してウタに駆け寄る。
「ウタ！“シャンクス”だ！
し、や、ん、く、す！！」
『ウタ、もう一回、もう一回言って！！！』
「うぅ〜……あぅ
……きゃはは！」
僕等の必死の形相がおかしいのか、ウタは吞気に笑っている。
『ウタ！お願いですから、もう一回お頭の名前、呼んで下さい…！』
想いが伝わったのか、はたまた偶然か。
「しゃ〜す〜！……しゃんくしゅ〜！！」
「『言った！！！！！』」
奇跡に立ち会っている。
大げさでなくそう感じた。
名前を呼ぶ、という当たり前の行為にまさか感動する日が来るなんて思わなかった。
まして、僕の名前でもないのに。
お頭は涙を流す勢いでウタを抱き上げ、盛大に褒め称えた。
ウタが呼んだのはお頭の“名前”で、お頭が望むような“パパ”や“お父さん”なんて呼び方ではなかったけれど。
お頭からは、そんなことなんてどうでもいいくらい、ウタへの愛しさが止めどなく溢れていた。
最初に何だかんだ言われたが、やっぱりお頭はウタの父親なんだ。
子どもの成長をここまで喜べるのだから。
ふと、そう思った。
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作者名：凍ったライム | 作成日時：2022年10月1日 0時
