赤葦京治の寝起きは悪くない【赤葦京治】 (ページ18)

今日:22 hit、昨日:2 hit、合計:58,899 hit

１７ページ18

.

放課後、更衣室に来たはいいものの、今日の英語の課題を机に忘れてきたことに気づき、練習着で教室に向かう。

ドアは開いており、そのまま入ろうとしたら、空っぽになった教室の窓際に1人、俺の前の席で窓から校庭を眺める彼女がいた。

風に吹かれ、夕日に顔を照らされる彼女は、教室の中でそこだけが浮き上がって見えた。

もう少しだけ見ていたいと思っていたら、ため息をついた彼女が不意にこちらを振り返った。

『…っくりした……赤葦？』

「ごめん」

「赤葦」

初めての会話で彼女は俺の名前を呼んだ。

ただそれだけの事にじーんと体の芯が熱くなった。

『なんでそこに立ってるの？怖いよ』

「どうせなら背後に立ってた方がよかった？」

『絶対やめて』

自分も冗談を冗談っぽく言う方ではないが、彼女も冗談にいちいち作り笑いをする方ではない。

「忘れ物取りに来ただけ」

彼女のいる窓際に行き、自席から課題を取り出す。

今が彼女と話せる絶好の機会という事はわかっていても、いざ目の前にすると何を離せばいいのかわからない。

そもそも彼女は俺の事をほとんど知らないはずだ。

そんなことを悶々と考えてながら引き出しをあさっていると、正面から声が聞こえた。

『赤葦の字、綺麗だよね』

驚いたが、平然を装う。

「俺、字なんか見せたっけ」

『今朝ノート回収するとき名前見て思ったの』

「ああ、それはどうも」

そっけない返事と裏腹に、口元が緩む。

初めての会話にしてはあまりに心地よすぎる距離感に俺の気持ちは膨らむ一方。

だが彼女越しに壁架け時計を見ると、すぐにでも部活のミーティングが始まろうとしていた。

「あやべ。おれ戻るね。また明日」

『うん、じゃあね』

.

「あ、あかーしおせーぞー！」

「すみません木兎さん」

「って、ん？！あかーしなんか機嫌良い？」

「普通ですよ」

「えーでもなんか楽しそうなオーラ出てるような、ってぶ」

「いいから練習始めましょう」

今日に限って妙に目ざとい木兎さんに、少し火照った顔がばれないように4番のゼッケンを顔に押し付けた。

練習が始まる前に、このだらしなく緩んでしまう顔をどうにかしなければならない。

一度水道で顔洗おう。

そうして俺は、今体育館に来たばかりだというのに、踵を返して急いで水道に向かうのだった。

.
.