ラッコ鍋 ページ31
「俺ならその男のようにお前を一人残して行ったりしない」
尾形さんの手が私の手を握り、指を絡めてくる。
「だから、一緒に来い」
その言葉はまるで呪いのようであった。私はゆっくりと口を開く。
「私……わたしは、」
そう言いかけたところで、突然向こうの空が暗くなっていることに気がついた。嫌な予感を覚えてそちらを見ると、羽音のような音が聞こえる。
それはどんどんこちらへと近づいてきていた。
「まずいぞこれは…」
いつの間にか双眼鏡を手にした尾形さんがぽつりと呟く。
「何が見えたんですか」と尋ねると、「バッタだ。このまま走るぞ」と答え、私の手を引く。走っている間もバッタの大群は、どんどん近づいてきており、なんとか振り払いながら走っていると杉元さん達と合流した。
近くにあった番屋に避難をしようと杉元さんが提案し、私達は急いで番屋へ駆ける。
「一体何が起きてるんだ？」
「飛蝗ってやつだ。洪水やら何やらで条件が重なると大発生するときがある」
尾形さんいわく、バッタは集団で移動し、数十キロまで移動するという。北海道では、よくこういったことが起こっていたそうだ。しかも、穀物や着物などを食べるため、とても厄介だそうだ。
その話を聞いて、外にいるアシリパさんたちが心配になった。しばらくは外に出られなさそうなので、探しにもいけない。
とりあえず、白石さんがお腹が空いたと言うので私達は谷垣さんがもらったというラッコ肉を、鍋に入れることにした。番屋にあった囲炉裏に火をつけると、とたんに独特な匂いが漂ってくる。
「なんか変だ…」
しばらくして、杉元さんが目元を抑えた。心なしか、顔が赤い気がする。
「杉元、大丈夫か？」
そんな杉元さんを、谷垣さんが心配そうに声をかけるも、どこか色っぽい。さらに、ボタンがなぜか弾けとんだことによって余計に色気が増していた。かくいう私も、なんだか頭がぼうっとしてきたような気がする。
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作者名：塩わさび | 作成日時：2022年8月11日 22時
