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「ハイこれ。どうぞ」
「ありがとう、わざわざごめんね〜〜」
「詫びる気持ちはある癖に、こんな面倒な事には巻き込むんだね」
全く、本人の言うとおりである。
道端で偶々見つけた彼を、こうして巻き込んで。彼に出会った衝撃でほぼ理性は飛んでいて、気付けば体が動いていて。巻き込んだことに対して冷静に後悔をし始めたのはついさっきのことだ。
ショッピングモール内で一通りの日用品を買い揃え終えてから、立ち寄ったのはフードコート。こんなところに何の用事があるのかと思えば、わざわざドリンクをおごってくれて。それも、七瀬が渡してくれたのは、ファストフード店で購入した安物ではなく、フルーツ専門店の少々値の張るものだった。
「味、それでよかったの？」
「なんでもいーよ。特に嫌いなものもアレルギーもないし」
「そう」
七瀬が渡してくれたドリンクは、ぶどう味。変に期待するような事をする辺りは、何にも変わっていないなあ、なんて思ってしまう。あたし、昔っからぶどうが好き、ってずっと周りに公言してるんだけど。
けれど、それが偶然なのはとっくに分かっている。
七瀬は今日、あたしの名前を一度も呼んでいない。彼があたしを呼ぶときは常に「キミ」と呼んでいたし、昔の話なんて微塵もしなかった。普通、近所に住んでいた幼馴染相手なら、多少は昔話に花を咲かせても何にも不自然ではないのに。常に壁側を歩かせてくれたり、荷物持ちをすると言ったのに、一度もあたしに荷物を持たせたりすることもなかった。
それでも本当に、七瀬はあたしの事なんて覚えていないのだろう。
「そういや、七瀬って活動するとき�犇緇鬮疆靴世茲諭�あれ、芸名？なんで九条なの？」
「本名だけど。別に芸名じゃない」
一人で勝手に落ち込んでいるのを悟られないように、話題を転換した、つもりだった。きっとバレていないつもりなのだろうけれど、明らかに動揺しているのは見て取れる。
昔からそう。この男は、素っ気ないくせに無駄に優しい。他人に冷たいのは、自分が踏み込まれたくないから。特に深入りしなければ邪険にされることもなくて、周りをきちんと気遣えて、親切で。
だから、きっと何か名字に深い意味があっても、特に詮索することはやめておいた。そっか、と一言返せば、露骨に驚いた表情を見せながら、暫くすればまた感情の読めない仏頂面で、ストローに口を付けていた。
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