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いたたまれなくなって別の話題を振ろうとした時、先に声を発したのは彼女の方だった。
「やめた。9年前に、ダンスはやめた」
「9年前って」
「楽とお別れした年。あの時最後に2人で踊って、それっきり」
どうして、なんて訊く気は沸かなかった。俯いたままの彼女がもう二度と顔を上げてくれない気がしたから。
だから、「そうか」とだけ答えることしか出来なかったけれど、長い沈黙を過ごすうちに少し落ち着いたらしい彼女はまた話し始める。
「……別に、大した理由がある訳じゃないの。大きな怪我をして踊れなくなった訳じゃないし、精神面で挫折した訳でもない。なんでなのかさっぱり分からないけどね、引越しが決まっても楽と踊ってる頃までは引っ越した先でもスクールに通って踊り続けたいと思ってたよ。
……でも、なんか、ほんとに急に踊る気無くしちゃったんだ」
だから、そんな気を遣わなくていいよ。
そう言ってAはようやく顔を上げる。
その顔は笑っているようで笑えていない。無理をしていることなんて一目瞭然で、でもへたくそな演技を演技経験者と分かっている自分の前でするほどなのだから昔のように話したいのはきっと事実なのだろう。
愛とは万物に与えられる至上の思慕のかたちでありながら、時に驚くほどあっけなく消え失せてしまう。愛する側だってその時は予測できないし、逆に既に愛しているものを愛しないようにすることも出来ない。
彼女の身に本当に「何も無かった」かどうかは分からないけれど、何かに対する愛情や情熱を失うのにきっかけが必ず必要な訳では無いのだ。一先ず彼女の言葉を信じているふりをして、自分はいつか思い出せないくらい遠くの昔と同じ言葉を投げかけてみる。
もう一度、あの虹色に輝く瞳を見て憧憬と快感に身体まるごとを支配されたい。
「……ちょっと、今までの私の話聞いてた?」
不満げにそう言う彼女に幼さが垣間見える。
長い年を経て雰囲気が変わったけれど、彼女はまだ成人もしていない、自分より5つも年下の高校生なのだ。
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