嗚呼、愛しい人よ【中原中也】

13話(side N) ページ13

｢最後ぐらい本音を言ってもいいかしら｣




今まで見たことも無い、爽やかな笑顔で、その先の言葉は聞けないまま。




半年に渡る遠征も、もう終わりだと悟った。


半年前、首領の指示で組織同士の小競り合いを止める為この街に来た。


三ヶ月前、女と出会った。




驚くべき事に、女は何をしていても綺麗だった。


顔、髪の毛も、つま先も、酒を浴びるように飲んでいても、女の癖に割れた腹筋でさえも、美しと形容するには余りある。


女は俺が綺麗だと言えば耳まで真っ赤に染め上げ｢恥ずかしい奴｣と言って顔を背ける。




キザな台詞が恥ずかしいと思わない程、言葉では足りないと思う程、女は恐ろしさを感じる程に綺麗だった。




それこそ、太陽が反射して輝いている海も、夜景も、何ものも女には敵わない。







携帯が鳴った。


2つの携帯が同時に。




｢やっぱり、今日にして良かったわ｣

｢そうだな｣




お互いに、お互いを優先するつもりなどさらさら無かった。


まだ食いかけのコース料理を放置し、女は店を出ると踵の高い靴のまま振り返りもせず走り出した。


呼び止めたい衝動に駆られるが、呼び止める名を俺は知らない。




女の目は、覚悟を決めた目だ。


組織に身を埋める覚悟を決め、今から死にに行く奴の目だ。


何度も何度も見てきた目だ。

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