掃き溜めの星。

No.143 ページ44

そして、一人でにその形を元の正方形の紙へと戻ると、折り紙はそのまま動かなくなる。
髪の裏面には人の名前。更に年齢や職業、住所等が細かく記載されており、最後にメモされた一文を見て、瑠璃歌は驚いて顔を上げたが、質問の余地は与えては貰えなかった。

「昔、とある作家が言っていたらしいよ」

斎槻は笑いながら背後へと歩み出す。制止する瑠璃歌の手を振り切って彼はこう言った。

「Il n’ y a pas d’âge pour réapprendre à vivre.On ne fait que ça toute sa vie.」

それだけを言うと、斎槻は手をヒラヒラと振りながら、彼等に一瞥もせずに荒廃し切ったレブルの拠点を去った。

何を言われたのか分からなかった瑠璃歌は首を傾げていると、そっと肩に手を乗せられる。
驚いて振り返ると、背後にはクスクスと面白可笑しそうに笑う叶愛が独り言を呟いた。

「それ、誰に言ったつもりなのかしらね」

＊

この世界に未練は無いかと言えば、残念ながら嘘になる。全くを持って不本意だ。
(全部捨てるには少し長く居過ぎたなぁ)
レブルに入団して早2年。短い様で案外長かったと思う。色んな人と出会って別れて、その中で交流し、色んな価値観にも触れてみたりと自分の中ではかなり貴重な体験が出来た様に思う。
──人間って言うのは、長い時間を掛けて変わる生き物なんだって。
学生時代、金剛さんが面白そうに本を読みながら言った言葉を思い出す。完全に適当で仕様も無い、只の独り言として放たれた言葉だったが、今となっては成る程と唸ってしまう程共感出来る。
そう。例えば、新婚で熱々の夫婦が長い年月を経てその熱を冷え切らしてしまう様に、人は少しずつ価値観や嗜好を変えていくのだ。
綺麗事や戯言と思った輩も居るだろうが、前と同じだなんてそもそも有り得ないのだ。誕生日を迎えば年齢は一つ増える。食事や睡眠、運動すれば背は伸び筋肉も付く。勉強すれば思考の幅が広がる。身体面の変化に伴い、心も徐々に変化する。恋愛なんて正にそうだろう。
こうやって人は大人になろうとするのだ。

今となって思えば、僕は誰かと心中したかったのかもしれない。身勝手だが、僕と言う人間は基本身勝手で利己的だ。きっと一人は寂しいからとかの理由では無く、共にある事を望んでいたのかもしれない。
その相手に選んだのが、レブルの首領・白瀬太刀だった。当時の彼の純粋さは狂気的だったとは言え、とても美しかった。それが何より羨ましかった。
──だが、今は死んでも御免だ。

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