□ 第106話 楽しく □ ページ6
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「デウス大丈夫かなぁ」
ステラとデウスがホテルへ帰った後、窓の外を見て千秋は言った。バラトは本をパタンと閉じ千秋を見る。なんとなく、バラトのその表情が同意を示している様に見えて、千秋は続けた。
デウスの様子が、さっきからなんだかおかしかった。ずっと考え込む様子で、眉間にシワが寄りっぱなし。千秋はそんな彼に何かあったのだろうか、と心配していた。
バラトは本を本棚に仕舞うと、「アイツももう子供じゃねぇんだ、なるようになるだろ」と目を伏せながら言った。
その日の夜、バラトはマンションの下で那楽と話をしていた。
那楽は怒った様子でバラトを下から睨み付けて言った。
「バラトさん、いい加減にして。僕はバラトさんに為だけに言ってるんじゃない。千秋さんの為にも、ステラさんの為にも、デウスさんの為にも、僕の為にも言ってるんだ。そこまでして何がしたいの……?」
「人生を楽しみたい」
質問に対しても、バラトは淡々と自分の意見を述べるだけだった。
生きる何十年なんてものは、長いようでわりと短いものだ。なのに人は、まだ時間はあると気休めの事ばかり口にする。バラトにはそれが理解できなかった。じゃあこの先の終着点が分かっているとしたら? それでも時間はあると言えるのか?
その生きるたったの何十年を、バラトは楽しく生きていたい。
那楽は一体バラトの何に反対しているのか、不服そうに眉を潜めた。「自分勝手」そう那楽はバラトを罵るが、バラトは「ああ」と返した。バラトの表情はいつもと変わらないが、どこか申し訳なさそうに見える。
「もう知らないからね」
「その台詞何回目だよ。結局見捨てらんねぇのがお前だろ」
「うるさいなぁ。バラトさんなんか熱中症になればいいんだよエアコン壊すからね」
「それやったらお前のとこのエアコンも壊すからな」
ふんっ、と踵を返し、那楽はぷんぷんと子供のように怒りながら去っていった。バラトはそれを見送ると、「悪いな」とその小さい背中に呟いた。
那楽は頭の中に、幼い頃見た光景を思い出していた。
いつものように笑う母と、その前にいるバラト。そのバラトの顔は、今までみたバラトの表情の中でも何よりも幸せそうで、何よりも幼くて。那楽はバラトの全てを知っていた。バラトの本名も、年齢も、家族も、過去も。
「(バラトさん、死んだら許さないからね)」
まるで宣戦布告のように、後ろに立つバラトに向かい心の中で言った。
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くろせ(プロフ) - 桐箪笥さん» あぁ! ホントですね!! ご指摘ありがとうございます、訂正致します! (2019年9月1日 20時) (レス) id: 172c2d6dd4 (このIDを非表示/違反報告)
桐箪笥(プロフ) - 36ページの違いドロドロは血がじゃないでしょうか?違うのなら申し訳ないです (2019年9月1日 17時) (レス) id: c5094549cd (このIDを非表示/違反報告)
くろせ(プロフ) - Noel*26さん» ありがとうございます! やっと出てきましたね〜、ここまで来るまで長かった…(笑) (2019年9月1日 6時) (レス) id: 172c2d6dd4 (このIDを非表示/違反報告)
Noel*26(プロフ) - 相変わらずの早起き更新お疲れ様です( ^ω^)ついに「ストックホルム症候群」という単語が本編に出てきましたね...うー、続きが気になる気になる木です(は?)これからも応援しています( ^ω^)更新がんばって下さいー (2019年8月31日 7時) (レス) id: 3a6dfc07f6 (このIDを非表示/違反報告)
くろせ(プロフ) - 桐箪笥さん» ありがとうございます! 頑張ります! (2019年8月26日 22時) (レス) id: 172c2d6dd4 (このIDを非表示/違反報告)
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