8/4 吸血鬼 ページ2
病院特有の香り。長く吸っていると、わずかながら吐き気がこみあげてくる。死がすぐ近くに感じられるような、そんな気味の悪い感覚。吸血鬼は眉をひそめた。彼(あるいは彼女)は吸血鬼、
その病院は築十年と経たない真新しいもの、らしい。しかし、とてもそうには見えない。かつて蛍光灯の光を浴びてきらめいていたであろうリノリウムの床は薄汚い。つるつるとした白い壁も、変色している。
死臭を吸い込んで、建物自体まで死に近づいているのだろうか。そんな事を考える。もし吸血鬼が不死者でも何でもない一般的な人間であれば、そんな考えを一笑にふしたかもしれない。しかし彼(あるいは彼女)は吸血鬼、怪異である。それがありうる現象であると知っていた。
吸血鬼がここにいるにはわけがある。それは依頼だった。牛崎と名乗るその老年の女性からの依頼だ。入院する夫が、妙な事を言うのだと。なんでも、夜な夜な医者が病室にやってきて、同室の患者に死を告げ、そしてその患者は死んだ。同室の患者は既に全員死んでおり、次は自分の番なのだと怯えているらしい。
はじめ、吸血鬼はその依頼を鼻で笑った。だからなんだと。どうせ先の短い命なのに、何故怯えるのだろうか。吸血鬼にとっては人間の命などどうなっても構わなかった。依頼を受けたのは、単に報酬が欲しかったからだ。吸血鬼は金欠だった。
依頼をこなすにあたって、病院の院長に連絡をし、病院への侵入許可を得た。こうでもしなければ吸血鬼である彼(あるいは彼女)は病院に入れなかった。その時の院長の声は覚えている。疲れきってかすれたような、死がすぐそばにせまっている老人のような声。だが驚くべき事に、院長はまだ三十路だという。
この病院は生者の生気を吸うのかもしれない。そんな事を思いながら歩いて、牛崎氏のいる病室前までたどりついた。
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