人質の育て方【不死川実弥】

首輪 ページ8

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　震えた声、掠れた声、どれも予想した声とは全く違っていた。

｢薊美…A、｣

　彼女の瞳に似合うくらい、透き通った芯のある声。薊美Aと名乗る女に俺は釘付けになっていた。

｢A、…薊美A、それがお前の名前かァ？｣
｢…｣

　彼女は俺の目を見て黙って頷いた。俺はその意思表示に、深く安堵した。名前を、教えてくれた。それだけなのに、俺は酷く安心したんだ。コイツにも名前があった。ちゃんと名前を知っていた。
　当たり前の事が覆される様な雰囲気を持つ女。だから持っているのが当たり前である名前も持っていないのではないかと感じていたのだ。

｢A、薊美、A｣

　俺は嬉しくなって何度も彼女の名前を呼んだ。彼女は何故何度も復唱するのか分からないような表情で俺を見つめていた。
　彼女の首元で光る銀色のモノが視界をチラつく。断ち切った筈の鎖が見える様な気がした。まだ彼女の首輪に繋がっているような、そんな気がした。


｢…ソレ、外してやる｣


　そう言って俺は見ていられない銀色の首輪を指差した。そう言うと彼女は首を横に振った。何故拒んでいるんだ、自身に巻き付けられているのが何か分かっているのだろうか。俺は絶句した。彼女は首輪を外される事を拒んだ。俺が触ろうとすると俺の手を触り、止めた。

｢…嫌なのか？｣

そう聞くとコクリと頷いた。そうか、嫌なのか。首輪を外されるのが嫌なのか。何故？俺は訳が分からなくなり、また彼女…Aに聞いた。

｢首輪…外したくねェのかァ？｣

　彼女はコクリと頷いた。

｢好きで、付けてるのかァ？｣

　そう聞くと今度は首を横に振った。好きで付けている訳では無いが、外したくはない。益々彼女の行動に理解が出来なくなった。
　謎の多い、薊美Aと名乗るこの女。俺はこの黙り込んだ女の頭をクシャッと撫でフッと笑った。

｢元気になったら…お館様に会いに行こうなァ｣

　お館様、と言っても彼女には誰だか分からないだろう。予想通り彼女の頭は？マークを浮かべたような表情をしていた。無表情な事に変わりはないが。しかし少し考え込んだ様子をした後、コクリと頷いた。どうやらお館様に逢いに行く事に同意したらしい。

｢失礼します｣

　すると胡蝶が食事を持った盆を持って扉を開けた。俺はスっと自分の手を撫でていた彼女の頭から離して振り向いた。

｢ご様子は変わりないようで｣
｢いや…名前だけ分かった｣

　俺がそう言うと胡蝶は驚いていた。

食事→←名前

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