アトリエに残された桜 (ページ8)

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「ねぇ、智くんのアトリエに連れてってよ」

ダメ…？と綺麗な顔が上目遣いで見つめてくる。特に見られちゃマズイ物も見られて驚かれるような物も、何もなかったと思い、頼みを了承する。第一、あんな顔で見つめられちゃ断れない。

『いいよ、あの海から近い所にあるんだ』

「いいなぁ、俺も店が休みの時に招待してね」

店がある相葉くんとまた今度ね、という約束とご飯の礼を交わして俺と翔くんは店を出る。外へ出るとここを訪れた時よりも空が色鮮やかに青を放っていてそれに散らばる雲がまさに綿飴のようで、夏祭りで出来立ての綿飴を受け取った時のあの高揚感を思い出させた。

今度は俺が翔くんの一歩先を歩く。
とは言っても2人並んで歩いているので案内するというよりは歩きなれた道を2人で並んで歩いている感覚だった。

「智くんは今、個展を開いたりとかはしてないの？」

『あー今はちょっと…』

俺があからさまに微妙な反応を示すと

「そう…なんだ」

俺は悪くない、と主張するような罪悪感の無さに海で出会った時の気まずさとは違うと認識させられる。
そこで終わるかにみえた会話。

「智くんってこの街出身、て訳じゃないんだよね？」

『え？あぁ、うんそうだよ』

翔くんはそこで終わらせず、俺の反応を気にしてなのか、俺の仕事…絵のことには触れずに会話を続けた。

それは俺のアトリエに着くまで続いた。

『着いたよ』

「へぇーここが智くんのアトリエ…凄いね！」

『そんなことないよ、ほんの小さな家だし』

「いやいやいや、大きさなんて関係ないよ。アトリエっていうこの雰囲気がカッコいいから！」

翔くんが興奮した様子で俺のアトリエをべた褒めしてくれる。口では謙遜してそんなことない、と言っているが内心はもちろん嬉しい。

こんなに楽しそうに瞳をキラキラと輝かせてこんなただの家にまるで秘密基地でも見るかのような視線を浴びさせる。

「なんか、智くんだけの秘密基地みたいだね！」

翔くんのそう思う気持ちはよく分かる。何故なら、俺もこのアトリエが建って初めて訪れた時、こんな風にキラキラとした瞳を、視線を向けていたものだから。でも、残念ながら俺はもうそんな瞳も視線も持たなくなってしまった。

あの頃が懐かしい、と言うほど経っていない月日を羨ましく思う。

「ねぇねぇ、中も見せてくれる？」

『…うん、いいよ』