70話 ページ35
激しく音を立てる心臓を内に秘めながら、僕は松陽を受け入れるように目を閉じた。ゆっくりと優しく触れられた唇が離れると鼻先の触れる距離で目が合ってしまう。僕は優しく微笑む松陽を直視できず目を逸らしながら呟く。
「……ばか」
その一言で幸せそうに微笑むのはやめてほしかった。
「…恋しく思わなくても隣にいるし、一緒に綺麗な楓も見るから、な。秋の風どころか精々愛しく想ってろ」
少しの反撃とばかりに繋がれた手をきゅっと握り返してそう言うと、松陽は少しだけ驚いた様子を見せたあとにこりと笑む。
「秋の風なんてとんでもない。君を初めて見た時からずっと愛しく想っていますよ」
反撃と思ったらしっぺ返しを食らったというか、僕がまた紅葉した楓のごとく紅に染まるのはすぐのことであった。
心変わりすることを秋の風というが、この男は秋の風どころか台風並みに僕を捕らえて離さないだろう。末恐ろしい男であるが、それを理解していながら隣を選ぶ僕も僕なのだろうか。
ちはやふる神代も聞かずとはよく言ったもので、人間的心情を抱くことなんてないと思っていた僕ですら呆気なく恋に落ちてしまっているのだから不思議なものである。だとしても唐紅に染まる川なんて情熱的なことは恥ずかしくて言えないのだけれど。
満足気な松陽は子供達と紅葉狩りでもと楽しそうに話す。僕は本を閉じて松陽にもたれかかった。これが今の僕の精一杯の愛情表現であった。驚いたように話を止めて松陽が僕を見るが、僕はそれを気にしないふりをして言う。
「話、続けて」
秋の訪れを知らせる風は庭の楓の葉を絡めて上へ上へと連れ去っていく。風に遊ばれるそれは僕からみるとまるで願いを込めた赤い蝶に見えた。
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作者名:月光 | 作成日時:2018年8月4日 0時