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虚無 ページ35





「……」


 正直乗り気ではない。
 けれど、生活をしていた家に置いていた私服や私物をそのままにしておく方が気持ち悪かった。


 鍵を使って開いた先にある家。見慣れたその空間は昨晩だけが異世界に包まれていた。
 パチン、と電気をつけたらまた、あの光景が広がるのではないか。そう思いながら明かりをつける。


「……、さすがにね、」


 彼氏も、友達も居ないのに、蘇ってくるほど印象的だったのだろう。そりゃあそうか。浮気なんてどうせテレビや漫画だけの話で実際に経験するだなんて思ってない。大半の人がそうだ。まさか、自分が……なんて皆思っているはずなのだ。


 洋服とアクセサリー、香水と化粧品と。迷わずどんどんキャリーケースに詰めていく。これが引越し作業なら一つ一つ思い出に浸りながら片付けをしていたと思うが今は一秒だってここに居たくない。そう思いながら作業を進めていく。



 そういえば、思い出したかのようにキッチンに向かう。ここに引っ越してきてすぐの頃、「まず初めに何買う?」なんて言った彼氏に「お揃いのものがほしい」なんて頼んだ。友達の意見を聞く前、ちょっとでもカップルっぽいことがしてみたくて頼んだお願いに彼氏はクスッと笑って「んじゃ、マグカップとかどー?」なんて言ってイニシャルの入ったマグカップを購入した。







「えぇ? それでマグカップ買っちゃったの?」
「うん。かわいかったし、毎日二人で使ってるんだよ」
「ふぅーん、ラブラブさんですねー」
「ラブラブさんって、」


 自分で初めて動いて、彼氏が認めてくれたのが嬉しかった。その勢いで友達にその事を惚気けてみれば白いカップに入った紅茶を飲みながらちょっと不機嫌そうにクルクルと長い自身の髪の毛を指先で遊びながら少し考え込んだ後、彼女はポツリと呟く。


「でも、そっかー。マグカップかー」
「? いけなかった?」
「うーん、あんまり良くはないよねー。『壊れるもの』をお揃いにすると長続きしないって言うし」
「えっ、そうなの!?」
「そうだよ。よく聞くよー? 結構有名だと思ってたけど、知らなかった?」
「全然、知らなかった……、」


 お揃いのものなんて、あればあるほどいいだろと思っていた私にとっては衝撃的な言葉。

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作者名:Stellar | 作成日時:2022年10月23日 12時

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