泡沫夢幻 -弐-【わたどう】

□63 ページ18

**








あの日、大喧嘩をしてから、
私と彼は数日間一言も話していなかった。





……まあ、とはいえ、特別何かが変わった訳では無い。

元々私たちの間に会話は少ないし、
いつも通りと言えばいつも通りなのだ。









.









…ただ、最近、ちょっとだけ、
心の距離が近くなったように感じていたから、

ほんのちょっとだけ、寂しいな…って思うだけ。








.









ぱん、と頬を叩き、気合いを入れ直して厨房に向かう。








.








.









｢あれ…、七桜さん、何してるんですか…？｣

七桜｢あ、｣







.








誰もいない厨房で一人、鍋をかき混ぜている七桜さん。
よく見れば試作品と思わしきわらび餅がたくさん並んでいる。









.









｢…わらび餅？｣



七桜｢はい、城島くんから実家のわらび餅の話を聞いて、
私…、どうしてもそれを再現したくて。

…とはいえ、私は食べたことないから、
再現できてるか確かめようが無いんですけどね…。笑｣







.








城島くんが店をクビになるかもしれない
と聞いたのは一昨日のこと。

どうやら彼にも複雑な事情があるらしく、
詳しくは知らないけど、お金が必要なようだ。







.








何か力になりたいと思っていたのは
七桜さんも同じだったようで、

だからこうして、
しまやのわらび餅を再現しようとしているのだろう。








.









｢……私、しまやのわらび餅食べたことあるよ。｣


七桜｢えっ、本当ですか！
じゃあこれ試食してみてください…！｣







.









すごい勢いで食いついてきた七桜さん。

私は試作品の一つを手に取り、食べてみた。








.









｢……んー…、もっと、溶ける感じだったかな？
食感が凄くトロトロだった…。｣



七桜｢なるほど…、ありがとうございます！｣


｢うん。｣



七桜｢また試食お願いしてもいいですか！？

…最初は城島くんに頼んでたんですけど、
さすがにしつこいって怒られちゃって…。笑｣







.








熱量に押された…、と言えばそこまでだけど、

私も城島くんをこのまま辞めさせたくない…。




それは彼女と同じ気持ちだから、
“いいよ” と言って承諾した。









**

□64→←■62

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す