23 ページ23
「おう。廊下出て左な」
「はい、ありがとうございます」
部屋を出た瞬間、Aは大きくガッツポーズをした。トイレに行くフリをして、玄関へと真っ直ぐ進む。トントンには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。今度、トントン宛に高級菓子でも送ろうと、心に決めて靴を履く。
「……一応」
書き置きを残して、家の戸を開ける。
『今までありがとうございました。トントンさんのご飯、凄く美味しかったです。私を好きになってくれてありがとうございます』
そう書かれた紙が、扉が閉まった時の風で舞い上がった。カツカツと舗装された道を歩きながら、曇天を見上げる。
スッキリした気持ちになるはずなのに、何かが引っかかる。心の奥が鋭い針で刺されているような気持ちになって、顔が晴れない。今頃、トントンは慌てているだろうか。
(……来世は、仕事なんかしないで、出会いたい。そしたら、きっと付き合っていると思う)
全て、タイミングが悪かった。
Aがあんな企業に勤めていなかったら。出会いがあんなのじゃなかったら。トントンの家が我々組じゃなかったら。
叔父貴に会った事で、更にAはトントンに似合わないことを自覚した。
「明日は出勤かな」
日曜なのに、と文句を言いたいところだが、もう慣れてしまった。ロボロにどういう顔をして会っていいのかも分からず、バッグを握りしめる。
「…優しい人だったな」
人の話を聞かない頑固なところもあったが、Aのことをしっかり考えてくれていて、養ってくれることも本気だった。
先程のキスの感覚が忘れられない。柔らかい唇だった。優しいキスだった。
きっともう二度とあんないい人には会えない。そう分かっていても、自分の心のどこかにあるプライドが、トントンとの恋路を阻む。
「……また、食べたいなぁ。ハンバーグ」
自分では作る時間が無い。というか、面倒くさい。もう遥か遠くになってしまった我々組。自宅に着いてからも、しばらく心を刺激する痛みがなんのか分からないで居た。
「はぁ」
ため息と同時にソファに倒れ込んで、真っ白な天井を見上げる。倒れ込んだ衝撃で、ソファに立ててあったものが大きな音を立てて落ちた。トントンの日本刀だった。彼は叔父貴の後を継ぐから、もうこの刀は要らないのだろう。
「……売ったらいくらになるんだろ」
そう言って手に取ったはいいものの、質屋に行く気は起きなかった。何かが、止めている。刀を置いたAは、明日のためにサッサと風呂に入った。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 1520人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「wrwrd」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ゆず塩(プロフ) - 何回も読み直して部屋が水没するくらい泣きました…最高です！！ (3月29日 1時) (
レス) @page50 id: 8ae73bc925 (このIDを非表示/違反報告)
けんまおし1016(プロフ) - もうこの作品も最高でした!!!!最後のrbrさんとの話がまたよかったです!!大好きです!!←突然の告白 (2022年12月11日 14時) (レス) @page50 id: 92260459e9 (このIDを非表示/違反報告)
ねう。(プロフ) - ボロッボロに泣きました。とても素敵なお話でした。今までたくさんのお話を読んできましたが、こんなに感動して心を動かされてドキドキしたものはこれが初めてでした。何度も読み返させてもらいます！素敵なお話をありがとうございました！！ (2022年9月5日 18時) (レス) @page50 id: dee5bda7f0 (このIDを非表示/違反報告)
ぽぺに(プロフ) - ｡ﾟ(ﾟ´Д｀ﾟ)ﾟ｡｡ﾟ(ﾟ´Д｀ﾟ)ﾟ｡｡ﾟ(ﾟ´Д｀ﾟ)ﾟ｡｡ﾟ(ﾟ´Д｀ﾟ)ﾟ｡｡ﾟ(ﾟ´Д｀ﾟ)ﾟ｡｡ﾟ(ﾟ´Д｀ﾟ)ﾟ｡｡ﾟ(ﾟ´Д｀ﾟ)ﾟ｡｡ﾟ(ﾟ´Д｀ﾟ)ﾟ｡｡ﾟ(ﾟ´Д｀ﾟ)ﾟ｡｡ﾟ(ﾟ´Д｀ﾟ)ﾟ｡←感動しました。ひよこさん大好き。 (2022年6月17日 23時) (レス) @page50 id: bcadc0cb73 (このIDを非表示/違反報告)
防弾チョッキ（初心者） - なんちゅう殺傷能力の高いお話を書くんや・・・最高ですありがとうございました。自分的に最後のrbrさんとの会話がウヘヘヘヘ←ｷｯﾓ (2022年5月2日 23時) (レス) @page50 id: 16da95312d (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：ひよこの子
| 作者ホームページ：
作成日時：2021年10月10日 17時
