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そこまで言って。
私は大鵬を抱きしめた腕を離す。
夫の抱擁から滑りぬけて。
少し距離をとって。
一度下を向いた。

目をつぶって、深呼吸する。
この館に残る気を感じた。

――青蘭と私。そして、大鵬。
あとは、人間だけ。

(――老師父は逝った)

その事実に少し目頭が熱くなる。
この部屋にもすぐ、兵士はやってくる。
だから、その前に。
……そう、思った。

「――逃げよう?」

「……」

「もう、私達三人だけの家族になっちゃったけど」

大鵬と私、そして青蘭。……三人でいられるなら。

「それでもきっと、楽しいよ」

「……」

「それに別の国でなら、まだ大鵬を……神様を信じて、必要としてくれる人達がいるかもしれない」

「……」

私は黙って私が言い終わるまで待ってくれている夫に笑いかけた。
片腕を差し出して。
にっこりと。

「少なくとも、私は大鵬を信じてる。――必要としてるんだから!」
「A……」

何か言いたそうに口を動かして。
大鵬は瞳を伏せた。
どうして、いつも前向きな大鵬が、こんなにも逃げることに消極的なのかわからなかった。


その時。

――バリバリバリ!!

大勢の兵士が部屋になだれ込む音がした。



*

後のことは、まるで時間が止まったみたいに。
ゆっくり見えた。
扉を破った兵士達の弓は、一斉にこちらへと向けられた。

「はやく、逃げろ!」

青の叫び声が、とても遠くに感じた。
叫びながら、青蘭は床を蹴って。
ひらりと天井に舞った。
そのまま、大きな狐の姿になって。
12ある階段の上に降り立った。

まるで。
私と大鵬を庇うように。
――瞬間。

白地だったはずの私の衣が朱色に染まった。
絹糸の刺繍とは違う。
生々しい、鉄の香りがした。

血濡れた衣に宿った、青の気を感じる。
目の前で起こった出来事のはずなのに。
まるで。
夢を見てるみたいに。
それは、……現実味がなかった。

ただ。
急速に。
青蘭の毛並が赤に染まっていく。
稲穂の金色がどす黒い赤色に変わっていく。
それでもまだ。
容赦なく、人は矢を放つ。
その度に飛び散る青の命。……赤い飛沫が、私に向かって降ってくる。

――しばらくして。
人の矢の雨が止んだ。
全部放ち尽くしたのだろうか。
こんな時なのに。
やけに冷静に。
事態を見ている自分に驚いた。

いや、違う。
……見ているしかできなかった。
青蘭が放たれた矢を全部その体で受け止めてくれるのを。
家族を庇う姿を。

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設定タグ:和風ファンタジー , 妖怪 , 羅刹   
作品ジャンル:ファンタジー, オリジナル作品
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一花(プロフ) - 零玲飛(れいれと)さん» コメント有り難うございます。そう仰っていただけ、非常に嬉しいです。ここまで目を通してくださったことに感謝します!! 本当にありがとうございます。 (2015年1月28日 21時) (レス) id: c6c51ef31b (このIDを非表示/違反報告)
零玲飛(れいれと)(プロフ) - 感動して泣くかと思った。お疲れ様です。 (2015年1月22日 20時) (レス) id: 0bd3908221 (このIDを非表示/違反報告)
一花(プロフ) - 光珂さん» ありがとうございます。……誤字量の多さが(-_-;) しっかり読んでくださり感謝します。また、後日直します。そして、番外編の件……有り難うございます! おそらくひと月以上開けて、とか忘れたころになるかと思いますが、宜しければ、お願いいたします(多謝) (2015年1月15日 22時) (レス) id: c6c51ef31b (このIDを非表示/違反報告)
光珂(プロフ) - (続きです) 43話目の下から9行目 「まずはこのの人の」→「まずはこの人の」 だと思います! 一応番外編までは確認しようと考えておりますが、もし本編のみで良ければ返信くださると助かります。あ、遠慮はなさらないでくださいね。 (2015年1月4日 2時) (レス) id: 21af548d66 (このIDを非表示/違反報告)
光珂(プロフ) - 深夜にすみません。 37話目の下から16行目 「それだだけ」→「それだけ」。 40話目の13行目 「私をの力を」→「私の力を」。 同じく下から8行目 「温かな光のなで」→「温かな光の中で」。 41話目の9行目 「大鵬のい気配」→「大鵬の(いる)気配」。 (続きます) (2015年1月4日 2時) (レス) id: 21af548d66 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:一花 | 作成日時:2014年8月31日 10時

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